「土の器」 証し K.N
- 5月16日
- 読了時間: 2分
私が初めて讃美歌が好きになったのは、高校三年生の時に、
ある教会の新垣勉氏のチャペルコンサートを聴きに行って、
カセットテープを二巻購入してその中の讃美歌がいくつか
気に入り、愛唱するようになった頃です。特に今でも覚えて
いるのは、「大波のように」「救い主は待っておられる」「ち
いさなかごに」の三曲です。「大波のように」は私が精神障
害を発症した直後に自宅の自室にうずくまっていた時に、
テープを聴いていると、部屋の窓から本当に大波が打ち寄
せて来るように感じたことがありました。「救い主は待って
おられる」は私が大学在学中に精神障害が再発した時に病
棟でみんなの前で歌ったことがありました。「ちいさなかご
に」は私が古賀教会に導かれてバプテスマを受けたばかり
の時にM.KさんとYさんが歌ってくださったこと
がありました。そんな風に讃美歌が好きでしたので、西南学
院大学のチャペルで讃美歌をみんなで歌う時には大声で歌
っていました。アメリカからの留学生が壇上で紹介されて
いた時に嬉しそうに私を見ておられたこともありました。チ
ャペルクワイアで歌っていた時もある讃美歌を歌っていて
感涙したこともありました。でも、その後精神障害を再発し
て退院し、留年して在学四年目、五年目はとても落ち込ん
でいて、チャペルに日参し、小さな声で讃美歌を歌っていま
した。古賀教会に導かれてからは水を得た魚のように讃美
歌を歌いました。讃美歌を歌うことは、強力なお祈りをして
いるのと同じで、更にみことばを宣言しているのと同じで
あると聞いたことがあります。特に牧師の宣教のあとの応
答の賛美は感極まって涙が出ることもありました。目の前
のスクリーンに映し出される歌詞を見て、その讃美歌の内
容に感動することもしばしばです。特に「罪ゆるされしこの
身をば」はたびたび涙した讃美歌で、私のバプテスマの信
仰告白の内容のもとになった讃美歌です。


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