【最上の賜物】 木村憲子
この世の最上の業は何? 楽しい心で年をとり、 働きたいけれど休み、しゃべりたけれども黙り、失 望しそうなときに希望し、柔順に、平静に、おのれ の十字架を担う。 若者が元気いっぱいで神のみちをあゆむのを見て も、ねたまず、ひとのために働くよりも、けんきょ に人の世話になり、弱って、もはや人のために役立 たずとも、親切で柔和であること。 老いの重荷は「神の賜物」、古びた心に、これで 最後のみがきをかける。まことのふるさとへ行くた めに。 おのれをこの世につなぐ鎖を少しずつはずしてい くのは、まことにえらい仕事。こうして何もできな くなれば、それを謙虚に承諾するのだ。 神は最後にいちばんよい仕事を残してくださる。 それは祈りだ。 手は何も出来ないけれども最後まで祈りができ る。 愛するすべての人のうえに、神の恵みを求めるた めに。 すべてをなし終えたら、臨終の床に神の声を聞くだ ろう。 これが神が最後に残してくださる最上の仕事。 「来よ、わが友よ、われなんじを見捨てじ」と。 この詩は、ホイヴェルス神父がドイツ帰国時に友 人から送られたものである。人生の
「外に出る祈り」 泉清隆
八島博子さんの書棚から加藤常昭著の「祈り」という 本を戴きました。 その本の「はじめに」というところで紹介されているの が、(宗教)改革者ジャン・カルヴァンの『キリスト教綱要』 の中に、祈りについての深い考察です。 「初版の第三章『祈りについて』に『これまでに論じら れてきたことどもから、人間がいかに善を欠き空しいか、 救いに到るどんな助けを持たないかを私たちははっきり と見た。そこで、もし人が自分の困窮の助けとなるような 助力を求めるなら、彼は自分の外へ出て、別の場所で助 けを見出さなければならない』」(久米あつみ訳『キリスト教綱 要』、宗教改革著作集、第九巻、教文館、119頁)。(中略) 「ここから、祈りへの考察が始まり、主の祈りの講解に 移るのです。『自分の外へ出る』こと、それが祈りである と言うのです。祈りは、人間の魂の最も深いところで営ま れ、底から生まれる言葉によって語られるものであると思 いますが、しかし、それは、自分の内面に留まり、神と対話 しているつもりで実際は自分を見つめ、自分と語ってい るだけで終わる誘惑にさらされています。
「主に感謝せよ」 泉清隆
新共同訳と協会共同訳聖書には旧約聖書続編と呼 ばれるものがあります。この文書は1世紀末ユダヤ教で 聖書の正典目録を定めるときに受け入れられず、ユダヤ 人の聖書には含まれていませんがもともとはユダヤ教の 文書です。今日、カトリック教会では旧約聖書と同等の 価値があるとされ「第二正典」と呼ばれます。但し、「エ ズラ記(ギリシア語)」「エズラ記(ラテン語)」「マナセの 祈り」はカトリック教会も「アポクリファ」隠されたもの(偽 典)と呼んでいます。プロテスタントの教会では、価値を 認める教会もあれば、これらのすべてを全く認めない教 会もあり、旧約聖書続編は「アポクリファ」偽典になりま す。 今日のダニエル書3章の「三人の仲間たちの試練」 に関連するものとして、「ダニエル書補遺(ほい)アザルヤ の祈りと三人の若者の賛歌」というものがあります。この アザルヤはユダ出身のダニエル、ハナンヤ、ミシャエルと 一緒の4人組です。彼らはバビロンの名前をつけられま した。ここではアベド・ネゴと名前をつけられたアザルヤ が賛美しています。協会共同訳続編から引用します。..
証し H.T
私は1937年、福岡県苅田町に六人兄弟の二番目に 生まれました。五歳の時幼稚園で最初に学んだのは、本 堂にある大きな仏様に合唱礼拝する事でした。信仰は幼 い頃より培われることの大切さを思います。敗戦を迎え たのは小学二年生でした。欧米と戦争をし、飛行機で爆 撃を受け、食糧不足におちいり、真実でない情報を聞き、 恐ろしい爆弾を広島長崎に落とされ、多くの尊い人の命 や生き物をも犠牲となり敗戦を迎えました。負の遺産は いまだ重く残っています。そんな私の戦争記憶です。 中学2年生になると進学・就職組に分けられました。な んともいやなことでした。私は家庭の状況により就職する ことに決めました。15歳で不安な中個人経営の鉄工所 へ就職しました。 1957年、町の公民館で青年学級が開校され、視聴 覚教材を製作して、それを使って、お寺などで上映する のです。当時の子どもたちにはそんな作品をも喜んでも らえました。その製作グループの中に西南大学神学部の 方がいました。家庭集会の案内もいただき参加しました が、礼拝や讃美歌、祈りなど違和感のある集会の中で一...
イエスさまからのメッセージ 金子政彦
1.『俺はまだ死んでないぜ 未来はまだ輝いてるぜ 君はまだ俺を好きか…』 真心ブラザーズ『明日はどっちだ!』は、2001年4月 に発表された彼らの21枚目のシングル曲である。私が この曲を初めて聴いたとき、困難の中にあっても希望を あきらめない、応援ソング・ラブソングかと思った。今、人 生の行き詰まりを体験している私の心に響いた歌詞で あったが、何かそれだけではないものを直観的に感じ、C Dを買い求めた。この曲は、私がランニングするときの愛 聴曲である。 2.『…やること全部裏目に出た それも分かってる 命がゆっくり潰されていくんだ 俺の心も体もズタズ タのボロキレだ…』 考えても仕方のないことを頭の中で繰り返し考えてし まったり、ぐっすり眠れなくなったり、就寝中汗だくになっ たり、不安にさいなまれたりすることがある。心の弱った 私が、人生の行き詰まりをストレートに表現した歌詞に、 ただ共感しただけなのか?自分の想いを代弁してくれる 詩は、めずらしくはない。しかし、私が求めていることば は、今、絶望的な私の認識(認知のゆがみ)を、ひっくり返...
「洗礼を思いたつ心の起こるとき…」 泉清隆
美野島司牧センターニュースから、 以前マルセル神父から「念仏はなぜ称えるのです か?」と聞かれたことがあります。 私は「念仏申さんとおもいたつこころのおこるとき、す なわち摂取不捨(せっしゅふしゃ)(おさめ取って捨てな い)の利益にあずけしめたまうなり」親鸞聖人の言葉を 紹介し、「称えて救われるのではなく、すでに救われてい る事に目覚めたとき自然に出てくるのが念仏なんです よ。」そんな事を言ったと思います。 マルセル神父はご自身の教誨師の経験をお話しくだ さいました。出会われた死刑囚の方が獄中でキリスト教 に目覚められマルセル神父から洗礼を受けることを希望 されたそうです。しかし洗礼前に刑が執行されてしまい、 それが叶うことはありませんでした。マルセル神父は「洗 礼を受けようと思った時、すでに洗礼は終わっているん です。」そう言われました。洗礼や念仏は救いの条件で はなく、すでに至り届いていた救いの結果である。何か 深いものが共有された気がしました。仏教では「切り口 の違いで決めつけることをしてはいけない。」と言います。 マルセル神父が帰国される
「多様性を認め合う」 泉清隆
2025年度の西南学院大学神学部の「道」に掲載さ れていたものに教えられましたので須藤伊知郎さん の許可を得て掲載します。 「キリストの中へとすっかり沈められたあなた方は 皆、キリスト〔の中に入ってそれ〕を着たのである。 その中にはユダヤ人もギリシア人もない。その中に は奴隷も自由人もない。その中には雄と雌はない。 というのはあなた方は皆、キリスト・イエス〔の中〕 において一人だからである。」(ガラテヤ書3章27~2 8節)この言葉はバプテスマの際に唱えられた定式 で、男女が平等に活動していた原始キリスト教最初 期の宣教運動から生まれました。その男女が平等な 宣教活動は元を辿ればイエスの宣教、彼の周りに集 められた平等な弟子集団が行なった伝道活動に促さ れたものと思われます。彼ら/彼女らがその平等性 を言葉にする時に創世記1章27節の言葉づかいと神 話的な表象が用いられました。 創世記1:27は、神は人格的な関係性そのもので ある、人はその人格的な応答関係に生きるべく創造 されたのだという宣言です。「そして神は人を彼の 像に神の像(かたち)に彼を
「神が歴史を拓く」 内山賢次
今年の2月に泉清隆牧師は健康上の事由で牧師辞 任の意向を示されました。辞任の表明の意思は固く 揺るぐことはありませんでした。ご自身の声が聞こ えにくく無牧師教会にならないように祈りの積極提 案でした。2月から3月の合同役員会と3月・4月信徒 会と合同教会学校で9年前の金子敬牧師の辞任の経 緯を資料で振りかえり、金子純雄さんから招聘に関 する学びなどを通じて、この申し出に深い理解を抱 き4月の定期総会で牧師招聘委員会の設置に至りま した。現役員5名と金子政彦さんと内山賢次が委員 の委託を頂き、内山が委員長に選出されました。☆ 11月まで15回の委員会の開催後は信徒会でアンケー ト結果、招聘と召命、身分と職分、教会のビジョン、 教会の軸はMS・信仰告白など教会員の主体性と自覚 的信仰への覚醒の時となり教会形成の契機でした。 何よりも教会員一人ひとりの祈りの結集を感じ、神 が真ん中に存在され続けておられることを確信しま した。☆10月、金子政彦さんと内山は松藤さんに委 員会は松藤真理奈さんを招聘する旨を丁寧にお話を し、11月2日に内諾を頂き6日の委員
「総会を前にして」 泉清隆
教会総会の2024年度の報告にも記しましたが、 「教会のガバナンスの欠如」という、内容は総会 が開かれていない教会があり、更には主日礼拝も 困難になっているとの報告が連盟総会資料に書か れてありました。結果は教会の集会休止、閉鎖と いうものです。しかしそのような中にも三つの教 会、伝道所が一つの教会として再出発した新潟主 の港教会、また福井教会のように、一人の礼拝者 の礼拝となっても、連盟の協力伝道の支援で教会 の復興がなされた事例もあります。 先日の連盟地域協働委員と理事陪席での福岡地 方連合の総務委員会では、バプテスト教会は教会 の主体性を大切にして、教会自体が祈りつつ話し 合いで事柄を決めていくのですから、無牧師の教 会は伴走という形で支援する事を話し合いまし た。 古賀バプテスト教会は5代目の小脇勇牧師辞任 後は、福岡地方連合、日本バプテスト連盟、九州 バプテスト神学校の支援を受けて、宣教者の派遣 などを受けて、礼拝と諸集会が続けられて、日本 バプテスト連盟から年金受給牧師として派遣され た形で第6代目の金子敬牧師を招聘しました。...
世界バプテスト祈祷週間の祈り 2025年11月30日~ 2025年12月7日
11/30(日)マタイ28・19~20 世界バプテスト祈祷週間のために 「世界バプテスト祈祷週間」への祈りと働きが全国諸教 会・伝道所において祝されますように。ともに神の平和の 実現を願い、希望を持って歩む群れとされますよう祈りま す。 12/1(月)使徒言行録1・8 日本バプテスト連盟から国外に派遣されている働き人 をおぼえて ①インドネシアの野口日宇満宣教師の働 きを覚えて祈ります。ご家族の健康が守られますように。 (去る10月4日に療養中の野口佳奈宣教師が召天され ました。) 12/2(火)Ⅱコリント5・18~20 日本バプテスト連盟から国外に派遣されている働き人 を覚えて ②ルワンダの佐々木和之国際ミッションボラ ンティア(lMV)の働きとその健康が支えられますように。 主の和解の福音に仕えるその働きが遣わされた地にお いて実りとなり、ますます主の必要とされる働きとなること を祈って。 12/3(水)ルカ10・25~37 日本バプテスト連盟の国内伝道の働きのために 国内の協力伝道の働きがさらに豊かに導かれますよ うに。とくに「全国支援・地

