「神の涙」 泉清隆
- 3 日前
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シンガーソングライターの岩渕まことさんは1953年仙台市生ま
れで、NHK仙台のFMリクエストアワーのDJ、1977年、日本コロ
ムビアよりシンガーソングライターとしてデビュー。ファーストアルバ
ム「スーパームーン」はその年のコロムビアレコード新人賞を獲
得。その後、セカンドアルバム「エアーポケット」を発表。またドラえ
もんの映画「のび太の宇宙開拓史」「のび太の大魔境」「のび太
の海底鬼岩城」他、アニメのテーマソングも歌っています。1980
年に小坂忠さんとの出会いでクリスチャンとなり、その後デュオで
日本国内、そして海外へと、精力的に活動を続けました。ところが
1987年に8才の長女の亜希子さんが召されました。岩渕さん夫
妻の娘さんの亜希子さんが6歳の時に頭が痛い頭が痛いと言っ
て病院に行きます。脳腫瘍でした。脳腫瘍を取り除く手術を20数
時間かけてしました。一旦とれたかのように思ったのですが、2年
後8歳の時に天に召されたのです。
岩渕夫妻はクリスチャンでしたが大きな悲しみを覚えました。そ
して、特にお連れ合いは神を責めます。どうしてあなたがおられる
なら、この私の娘を奪うんですか。どうして私の家にこんなことが
起こらないといけないんですか。ひとしきり神を責めた後、今度は
自分を責めたそうです。どうして早く気付いてあげれなかったんだ
ろう。お母さん算数教えてと言って来た時、分からない。その娘さん
に向かってどうしてこんな簡単な問題が分からないの。と怒ったそ
うですが、ああ、あの時もう病気だったんだ。どうして気付いてあげ
れなかったんだろう。あの子を殺したのは私だ。神を責め、自分を
責め、やりきれない思いの中で落ち込んでる時にお母さんは思い
出したのです。クリスマスの時でした。娘さんが一生懸命ベッドか
らお母さんに語りかけるのです。何を言ってるんだろう。脳腫瘍の
手術をした後、彼女は言葉が思うように話せなくなっていたので
す。でも、なんとかその子の声を聴こうと思って耳を傾けたら、「本
当に私は主のはしためです。あなたのお言葉通りこの身になりま
すように。」教会に行っていた時は娘さんの亜希子さんは毎年マリ
アの役をやっていたのです。イエス・キリストが生まれるという事を
聞いたマリアは、ああ、そんなことが私の身に起こるだろうかという
事を感動しながらも、あなたのお言葉通りこの身になりますように
と言うのです。その言葉を思い出して、お母さんは神の愛を思い出
します。そうだ、娘は神の御心の通りに天に召されていったんだ。そ
うだ、そして私はこの神のひとり子を賜うほどに愛されたんだ。神
は実にそのひとり子をお与えになったほどに私を愛してくださった
んだ。私は生きてていいんだと励まされたのです。そして同時に十
字架がせまってきました。娘を失うことがこんなに辛く痛く悲しみの
究極であるとすれば父なる神はどんな思いでひとり子であるイエ
ス・キリストを十字架につけたんだろうか。ああ、私は愛されてい
る。私は愛されている。娘を天に送る経験を通して生まれた曲「父
の涙」は多くの方々に愛聴され、また歌われています。
父の涙
心にせまる父の悲しみ 愛するひとり子を十字架につけた
人の罪は燃える火のよう 愛を知らずに今日も過ぎて行く
(繰り返し)十字架からあふれ流れる泉 それは父の涙
十字架からあふれ流れる泉 それはイエスの愛
父が静かにみつめていたのは 愛するひとり子の傷ついた姿
人の罪をその身に背負い 父よかれらを赦してほしいと
(繰り返し)
(作詞・作曲 岩渕まこと、アルバム『HEAVENLY』より)


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