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神に聴くすべを知っているなら

神に聴くすべを知っているなら、神のみ声を聴こう わたしたちに語っておられるみ声を 神はほんとうに語っておられる 福音の中でも、生活の中でも 毎日の生活に新しい一ページが加えられ この新しい福音を通して、語っておられる だけどわたしたちの信仰はよわく わたしたちの生活はあまりにもわずらわしいので 神のみことばに心を開こうとしない キリストとの親しい交わりのはじめに かれがこんにち生きている人々に、福音をときあか して なんとおっしゃるかを心にえがいてみよう。

神がご覧になるように、生活に目をとめることを 知ってさえいれば、この世の中には何も独っぽいも のはないことがわかる。むしろ、なにもかもみ国を 建てるために役立っていることがわかる。信仰をも つということは、なにも目をあげて神に思いをはせ るだけではなく、キリストの目をもって、この世に 目をそそぐことである。キリストをしてわれわれの 全存在にしみこませ、われわれの瞳をきよめるなら、 この世はもはや、さまたげにはならない。むしろキ リストによってみ国が天になるごとく地にもなるた めに、父のために働くことへの絶えざる招きとなる、 われわれは、人生に目をとめることを知るに足る信 仰を祈り求めねばならない。

これはフランスのカトリック教会司祭、ミシェル ・クオストの著書「神に聴くすべを知っているなら」 の中の1章と2章のはじめの扉に記されている「祈り」 とも言うべき言葉です。一風変わった題名に惹かれ て求めたのは、購入日付に1972年5月とありますか ら、もう半世紀近くも前のことになります。2年後 には「イエスが新聞を読まれたなら」という、これ もユニークな題名の著書が出ました。

クオスト神父は社会学者としてことに青少年問題に 取り組み、「生活の中で出会うキリスト」「人々と共に 歩んでおられるキリスト」を常に指し示して来た、と 言われます。1930年生まれの彼と32年生まれの同じカ トリック司祭であると同時に、障害を負った人々と共 に歩み、多くの箸書を通してプロテスタントにも多く 親しまれ影響を与えているヘンリー・ナウエンが重な ります。「日々の生活の中で」キリストに聴き続けたい と思います。 (金子純雄)

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