【最上の賜物】 木村憲子
- kogabaptist
- 3 日前
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この世の最上の業は何? 楽しい心で年をとり、
働きたいけれど休み、しゃべりたけれども黙り、失
望しそうなときに希望し、柔順に、平静に、おのれ
の十字架を担う。
若者が元気いっぱいで神のみちをあゆむのを見て
も、ねたまず、ひとのために働くよりも、けんきょ
に人の世話になり、弱って、もはや人のために役立
たずとも、親切で柔和であること。
老いの重荷は「神の賜物」、古びた心に、これで
最後のみがきをかける。まことのふるさとへ行くた
めに。
おのれをこの世につなぐ鎖を少しずつはずしてい
くのは、まことにえらい仕事。こうして何もできな
くなれば、それを謙虚に承諾するのだ。
神は最後にいちばんよい仕事を残してくださる。
それは祈りだ。
手は何も出来ないけれども最後まで祈りができ
る。
愛するすべての人のうえに、神の恵みを求めるた
めに。
すべてをなし終えたら、臨終の床に神の声を聞くだ
ろう。
これが神が最後に残してくださる最上の仕事。
「来よ、わが友よ、われなんじを見捨てじ」と。
この詩は、ホイヴェルス神父がドイツ帰国時に友
人から送られたものである。人生の最終段階におけ
る生き方について深く考えさせられる詩である。
私自身も、年齢的には人生の終わりの章に入って
いることを感じている。ただ、この詩にあるように、
老いることは、たとえ重荷であったとしてもそれが
むしろ賜物であることに、改めて気づかされた。大
いに励ましを受ける。そういう考え方ができるのは、
やはり慈愛に満ちた神さまを知っているからとも思
えた。わたしたちの最後には、決して見棄てられる
ことはない。「神は最後にいちばんよい仕事を残し
てくださる。それが祈りだ」。私たちクリスチャン
の賜物は、祈りでもあり、日々の歩みにおいて、最
上の業が出来る賜物を頂いていると言えるのであ
る。
(ヘルマン・ホイヴェルス・ヘルマン・ホイヴェル
ス1890年生まれ、 ドイツ人宣教師、哲学者、教育
者、作家、劇作家で、1923年に来日し、1937年から
1940年まで第2代上智大学長を務めた。)


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