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証し H.T

  • kogabaptist
  • 1月16日
  • 読了時間: 3分

私は1937年、福岡県苅田町に六人兄弟の二番目に

生まれました。五歳の時幼稚園で最初に学んだのは、本

堂にある大きな仏様に合唱礼拝する事でした。信仰は幼

い頃より培われることの大切さを思います。敗戦を迎え

たのは小学二年生でした。欧米と戦争をし、飛行機で爆

撃を受け、食糧不足におちいり、真実でない情報を聞き、

恐ろしい爆弾を広島長崎に落とされ、多くの尊い人の命

や生き物をも犠牲となり敗戦を迎えました。負の遺産は

いまだ重く残っています。そんな私の戦争記憶です。

中学2年生になると進学・就職組に分けられました。な

んともいやなことでした。私は家庭の状況により就職する

ことに決めました。15歳で不安な中個人経営の鉄工所

へ就職しました。

1957年、町の公民館で青年学級が開校され、視聴

覚教材を製作して、それを使って、お寺などで上映する

のです。当時の子どもたちにはそんな作品をも喜んでも

らえました。その製作グループの中に西南大学神学部の

方がいました。家庭集会の案内もいただき参加しました

が、礼拝や讃美歌、祈りなど違和感のある集会の中で一

人ポツンといました。「実に信仰は聞くことにより、しかも、

キリストの言葉を聞くことによって始まるのです。」ローマ

の信徒への手紙10章17節。

1960年、職場にも慣れたころ、作業中に、回転してい

るベルトに右足を挟まれて右足下腿骨骨折を負いまし

た。同じころ、就職活動をしていた八幡製鉄所の最終試

験も終わって結果待ちでしたが、採用通知が来た時で、

全治3か月の医師の診断書は絶望的となり、体の痛み

にも増して苦悩の日々でした。「人は、たとえ全世界を手

に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。」

マタイによる福音書16章26節。 後遺症も残らぬ身体

と再出発の歩みの上に助け出していただきながら、私の

傲慢さ、そして不信仰を悔いました。「イエスは、わたした

ちのために、命を捨ててくださいました。そのことによっ

て、わたしたちは愛を知りました。」Ⅰヨハネの手紙3章1

6節。

1961年古賀市のS社に就職転居後、津屋崎教会牧

師にお会いでき、そこで、三浦綾子氏の「氷点」の小説

での聖書の語る原罪や罪の言葉の意味について知りま

した。まもなく古賀バプテスト教会を知り訪ねました。19

66年結婚することで津屋崎町に転居となり、日本キリス

ト教団津屋崎教会での礼拝も始まり、1974年受洗いた

しました。

「わたしたちの古い自分がキリストと共に十字架につ

けられたのは、罪に支配された体が滅ぼされ、もはや罪

の奴隷とならないためであると知っています。」ローマ

の信徒への手紙6章6節。

2010年腎臓病を発症し、当時は食事制限や薬の副作用

で体力も落ちて、生活必需品を買いに行くのが精いっぱい

でした。その間にも津屋崎教会へ数回出かけましたが、自

宅から片道30分の車運転は心許ないものでしたので、半

年余り教会からは遠ざかっていましたが、健康状態を配慮

しながら、教会礼拝につながれる道を考え祈りました。

10月31日、松見俊先生の「まことの安らぎ~同伴者の発

見」と題しての古賀教会での秋の特別集会案内を手にして

古賀教会に出席し、転入会する事が出来ました。私は、神の

一方的な慈しみと赦し無くしては救われない人間です。

「主を尋ね求めよ、見いだしうるときに。呼び求めよ。近くに

いますうちに。」イザヤ書55章6節。

 
 
 

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