「多様性を認め合う」 泉清隆
- kogabaptist
- 2025年12月27日
- 読了時間: 3分
2025年度の西南学院大学神学部の「道」に掲載さ
れていたものに教えられましたので須藤伊知郎さん
の許可を得て掲載します。
「キリストの中へとすっかり沈められたあなた方は
皆、キリスト〔の中に入ってそれ〕を着たのである。
その中にはユダヤ人もギリシア人もない。その中に
は奴隷も自由人もない。その中には雄と雌はない。
というのはあなた方は皆、キリスト・イエス〔の中〕
において一人だからである。」(ガラテヤ書3章27~2
8節)この言葉はバプテスマの際に唱えられた定式
で、男女が平等に活動していた原始キリスト教最初
期の宣教運動から生まれました。その男女が平等な
宣教活動は元を辿ればイエスの宣教、彼の周りに集
められた平等な弟子集団が行なった伝道活動に促さ
れたものと思われます。彼ら/彼女らがその平等性
を言葉にする時に創世記1章27節の言葉づかいと神
話的な表象が用いられました。
創世記1:27は、神は人格的な関係性そのもので
ある、人はその人格的な応答関係に生きるべく創造
されたのだという宣言です。「そして神は人を彼の
像に神の像(かたち)に彼を創造した。雄と雌に彼ら
を創造した。」
ここで普通は「男と女に創造した」と訳される言
葉は、直訳すると「雄と雌に創造した」です。「男
と女」のあれかこれかということではありません。
これは、生物学的に見て両端が雄と雌の幅広い全体
を創造した、という意味です。これは聖書によくあ
る語り方、修辞技法でMerismus(ラテン語)といいま
す。たとえば、「初めに神は天と地を創造した」と
ありますが、天と地だけ、両端だけを創ってその間
は空っぽというわけではありませんよね。「天と地」
は両端を言って、その間を含む全体を表しているの
です。あるいは、「私はアルファでありオメガであ
る」、最初と最後だけなのでしょうか。そうではあ
りません。「今おられ、かつておられ、やがて来ら
れる方」と続きます(ヨハネの黙示録18)。主なる神
は時の初めから終わりまで一切を包含しておられる
ということです。新約からもう一つ例を挙げると、
「〔神は〕その太陽を邪悪な者たちと善い者たちの
上に登らせ、義しい者たちと義しくない者たちの上
に雨を降らせる。
神はすべての者の上に太陽を登らせ、雨を降らせて
くださる、と言うのです。神は人をその像に、雄と雌
に創造した、つまり神は雄から雌まですべてを包含す
る存在で、その像に、雄と雌を両端とする様々なグラ
デーションに、男から女までLGBTQ+に人を創造した、
ということです。人はすべてその多様性において神の
像であって、そこに上下はない、ということです。
(西南学院大学「道」2025より)


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