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「外に出る祈り」 泉清隆

  • kogabaptist
  • 1月30日
  • 読了時間: 2分

八島博子さんの書棚から加藤常昭著の「祈り」という

本を戴きました。

その本の「はじめに」というところで紹介されているの

が、(宗教)改革者ジャン・カルヴァンの『キリスト教綱要』

の中に、祈りについての深い考察です。

「初版の第三章『祈りについて』に『これまでに論じら

れてきたことどもから、人間がいかに善を欠き空しいか、

救いに到るどんな助けを持たないかを私たちははっきり

と見た。そこで、もし人が自分の困窮の助けとなるような

助力を求めるなら、彼は自分の外へ出て、別の場所で助

けを見出さなければならない』」(久米あつみ訳『キリスト教綱

要』、宗教改革著作集、第九巻、教文館、119頁)。(中略)

「ここから、祈りへの考察が始まり、主の祈りの講解に

移るのです。『自分の外へ出る』こと、それが祈りである

と言うのです。祈りは、人間の魂の最も深いところで営ま

れ、底から生まれる言葉によって語られるものであると思

いますが、しかし、それは、自分の内面に留まり、神と対話

しているつもりで実際は自分を見つめ、自分と語ってい

るだけで終わる誘惑にさらされています。祈りは、『自分

の外に出る』ことです。カルヴァンは、それは、キリストのと

ころに赴くことであり、主が教えられた祈りを口にするこ

とだと教えるのです。そして、私は、外に出て祈るとは、ま

た自分のこころから紡ぎ出す言葉で祈ることに留まら

ず、神から与えられる言葉によって祈ることでもあると思

います。外に出る祈り、それに対応するのが、シュマルカ

ルデン条項(*)で、(宗教)改革者ルターが語っている

「外からの言葉」、「先立つ言葉」であろうと思います。

「外からの言葉」、それは何よりも、聖書を通じて聞こえて

きます。(中略)祈りは聖書なくしては祈れません。聖書の

言葉を祈りの言葉とすることから祈りが始まるとさえ思っ

ています。そして、聖書の言葉を聴きながら、そこに自然

に生まれてくる言葉で祈ります。祈りの言葉が与えられる

と言うべきであろうかとさえ思います。」

古賀バプテスト教会では、集会の名前を単に祈祷会

とは言わず、「聖書の学びと祈り会」と称しています。聖

書の学び、分かち合いの上に、祈りがささげられるのだと

思いました。

*シュマルカルデン条項は1537年にマルティン・ルターが作成したプロテ

スタント(ルター派)の信条・教義をまとめた信仰告白書です。

引用元、日本キリスト教出版局2002年12月20日発行

加藤常昭著「祈り」から

 
 
 

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