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「聖書の翻訳の変化」 泉清隆

神永曉という元小学館辞典編集部編集長が2019年

9月2日に書いておられたものに「今年、プロ野球フ

ァンの私にとって、野球とは別に、注目すべき出来

事があった。中日ドラゴンズの与田監督が、応援団

が歌う応援歌に『お前』ということばが使われてい

ることに対して、疑問を呈したことである。チーム

が好機の際に歌われるチャンステーマに、ピンク・

レディーの『サウスポー』の歌詞を、『お前が打た

なきゃ誰が打つ』と替えて歌っていたところ、与田

監督が、『選手にお前というのはどうなのか』『子ど

もも多く観戦する中で、そういう表現はいかがなも

のか』と言ったというのだ。…中略…ただ、この『お

前』ということばは、時代とともに意味が変遷した

語なので、ご存じの方も多いだろうが、一応その流

れを押さえておいてほしいと思ったのである。『お

前』は『御前』と書くのだが、古くは、神仏や貴人

の前を敬っていう語であった。『おそば近く』とい

った意味もある。これがやがて、貴人に対して、そ

の人を直接ささずに、尊敬の意を込めた言い方とし

て使われるようになる。そしてさらには、人称代名

詞、すなわち、話し手が聞き手をさし示す語として

も用いられるようになった。これが、問題の『お前』

である。当初、この『お前』は、目上の人に対して、

敬意をもって用いられていた。例えば、平安時代か

ら室町時代頃までの使用例は、ほとんどがその意味

である。ところが江戸時代になると、面白いことに、

対称になる相手の立場がどんどん下がっていく。江

戸時代の国語辞書に、『御前(オマヘ)。人を尊敬し

て云也、今は同輩にいふ』とあるので、江戸中期に

は敬意がかなり失われていたことがわかる。そして

その後も敬意が失われ続け、現在のように、同輩ど

ころか、下位者にまで用いるようになるのである。

与田監督が反応したのは、この下位者に対して使わ

れる点であろう。確かに、『お前のせいで負けたん

だぞ』『お前が悪い』と言われると、いわゆる上か

ら目線のようで、言われた側はあまりいい気持ちは

しないであろう。ただ、『お前』はこのようにぞん

ざいな言い方でも使われる一方で、『ここはお前だ

けが頼りなんだよ』と、親しみを込めた言い方で使

われるということも見落としてはならないであろ

う。…中略…ことばは一面だけで判断して何でも排

除しようとするのではなく、多面的に考えた方が、

風通しがよいような気がするのだが、いかがであろ

うか。」とありました。

新共同訳聖書から31年を経過して共同訳聖書が出版

されましたが、言葉の受け取り方が変わってきている

と感じています。共同訳の翻訳者兼編集委員である小

友聡牧師は「神がサタンを呼ぶ際の『お前』(新共同訳)

という言い方は、上下関係を前提としたきつい表現の

ため、これを避け、共同訳では『あなた』としました。」

と言われています。調べてみましたら最も多くの箇所

で変更されているのはエゼキエル書で新共同訳では366

箇所あったものが共同訳では3箇所になっています。他

の箇所も総じて「お前」の表記が残っていますが「あ

なた」になっています。口語訳聖書では全体で6箇所

しか「お前」はありませんでした。

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