証し M.T
- 2月21日
- 読了時間: 3分
私はクリスチャンホームで生まれ育ちました。 そのた
め、イエス様の存在や教会に通うことに対して抵抗はな
く、それが当たり前の環境で過ごしてきました。 家族全
員がクリスチャンであり、教会に通っている友達も多く、
彼らもバプテスマを受けていたため、私もその流れに乗
るようにして、自分がクリスチャンであることを告白し、バ
プテスマを受けました。 しかし、心の底から信じていたわ
けではなく、信仰に対してどこか他人事のような、不信仰
な状態で過ごしていました。 そんな私が25歳の時、父
が交通事故に遭い、約2週間、意識不明の状態が続きま
した。 あまりにも突然の出来事で、現実を受け入れるこ
とができませんでした。 人生で初めて、イエス様に向か
って「どうか父の意識が戻りますように」と、必死に祈り
続けました。 しかし祈りは応えられることなく、父は意識
が戻ることなく天に召されました。 この出来事をきっか
けに、私はイエス様や聖書との向き合い方を深く考える
ようになりました。 「私の不信仰のせいでこうなったので
はないか」「神様は私に罰を与えたのではないか」と、自
分を責め、悩み苦しみました。 そんな時、ある御言葉に
出会い、心が救われました。
エレミヤ書 29章11節 「わたし自身、あなたがたの
ために立てている計画をよく知っている ―【主】のこと
ば― それはわざわいではなく平安を与える計画であり、
あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」 この
御言葉を通して、私は、父の死がただの悲しい出来事で
はなく、イエス様が私の人生を変えるために計画された
出来事だったのだと信じるようになりました。 この出来
事があったからこそ、私は自分の不信仰に気づき、悔い
改め、心からイエス様を信じるようになりました。 父の死
は“わざわい”ではなく、神様のご計画の中にある、大き
な恵みだったと今は確信しています。 そして、母も昨年1
月にガンが発覚しました。 治療を続けていましたが、同
年9月、母も天に召されました。 その時も「御心であれ
ば、ガンを癒し、元の生活に戻してほしい」と祈り続けま
したが、祈りは応えられませんでした。 しかし、約9か月
間の闘病生活の中で、母はイエス様を見上げ続け、笑顔
を絶やさず、明るく過ごしていました。 ガンの痛みや死へ
の不安があったはずなのに、母が最後まで希望を持って
いられたのは、母が一番大切にしていた御言葉を信じて
いたからだと思います。
イザヤ書 43章4節 「わたしの目には、あなたは高価
で尊い。わたしはあなたを愛している。」
母のその信仰の姿に、私は逆に励まされました。 これもま
た、イエス様のご計画だったと感じています。 父と母、2人の
信仰と人生を通して、私は悔い改め、新しい人生へと導かれ
ました。 今、私は心からイエス様を信じ、神様の栄光を讃え
る人生を歩もうと決意しています。 これからも様々な試練に
直面するかもしれません。しかし、その中でもイエス様を見上
げ、希望を持って歩み続けたいと思います。 最後に、私が一
番好きな御言葉をご紹介して、証を終わらせていただきま
す。テサロニケ人への第一の手紙 5章16~18節 「いつも
喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。 どんなことにも感謝し
なさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがた
に望んでおられることです。」
(昨年の10月11日に古賀教会で行われた「手話で聖書を
読む会」で証をされたものです。聖書は新改訳2017)


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