top of page

「証し」

  • K.N
  • 2019年8月1日
  • 読了時間: 3分

わたしは20歳くらいから自分は神さまに守られて いるという思いがありましたが、習慣としてお祈り をすることもなく、聖書を読むこともなく、ただ、 「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そ うすれば、これらのものはみな加えて与えられる。 だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは 明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけ で十分である。」(マタイ6:33~34)というみこと ばに惹かれていました。私は大学を遅れて卒業し、 30歳でやっと定職に就きました。パート・アルバイ トとして生活の糧を獲ていました。若い頃は立身出 世を夢みていましたが、実際は将来の備えとしての 年金にも入っておらず、現実はその日の生活にも十 分な稼ぎがなく、両親に守られて生きている状態で した。私は自分が力不足だとひしひしと感じていま した。生きる力の源や生きていることの意味や死ん だ後の事などの疑問が頭をめぐっていました。 或る時、大学の恩師から手紙がきました。私は在 学時の恩返しに、その著書の感想文を書こうと思い 立ちました。障害者に対するナチスの迫害とドイツ のキリスト教会の闘争について書いてありました。 私は感想をみことばを引用しながら書き進めていく うちに、キリストの障害者や貧しい人々への優しい まなざしに心が惹かれました。そして、「教会に行 く」という思いが起こりました。教会では、キリス ト教の信仰について、今まで知らなかったことを学 ぶことの連続でした。私たちは罪のために死ぬべき 存在であること。神様が私たちを深くあわれみ、キ リストを世に遣わされたこと。キリストが、この罪 深い私のために十字架にかかって死んでくださった こと。キリストが死からよみがえらされて、世の力 に勝利されたこと。「神は、その独り子をお与えに なったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が 一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」(ヨ ハネ3:16)

私たちは自分たちの生活、自分の財産、家族、 人生も、すべて神さまにおささげし、キリストの声 に従って歩んでいけば、決して孤児になってしまう ようなことはないと教えられました。

私の人生や人間関係の悩み、不安は解決されるのだと 知りました。そして、自分が死ぬからだであっても、 イエスさまによって生かされて、終わりの日には神さ まと会うことができるのだと知りました。それからの 私は心が以前よりもずっと余裕と希望ができてきまし た。人間関係でも明るさがみえてきました。私の生活 費のことや家族のことで思い悩むことは少なくなって いきました。教会に行くのが凄く嬉しくなっていきま した。皆にイエスさまのことを伝えたくなっていきま した。悩んでいる人、困っている人に会ったら、話し かけようと思うようになりました。いろいろな人のこ とを神さまに祈るようになりました。教会の人たちが 私の新しい家族になりました。キリストはいつまでも 私たちとともにおられると信じます。

 
 
 

Comments


Featured Posts
Recent Posts
Search By Tags
Follow Us
 古賀バプテスト教会

811-3111

古賀市花見南2丁目27-45

​Telephone / Fax : ​092-942-2614

              

HP:URL   http://kogabaptist.wix.com/kogabaptist  


HP内聖書:日本聖書協会 新共同訳使用 新共同訳:(c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation/(c)日本聖書協会 Japan Bible Society, Tokyo 1987,1988

お問い合わせ

送信ありがとうございました

bottom of page