ディア・ジーザス(拝啓、イエスさま)
- 泉清隆
- 2020年2月7日
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2001年6月3日、享年90才で天国へ旅立た れた宗像にありますカトリック御受難会のマテオ神 父が、鈴木忠一神父に語った言葉です。 ある日、福岡に向かう車の中での会話。 「鈴木神父さま、ゆうべ私はイエズスさまに手紙 を書いた夢を見ました。始めにこう書きました。デ ィア・ジーザス(拝啓、イエズスさま)と。もう一度、 ディア・ジーザス(拝啓、なつかしい、慕わしいイ エズスさま、大好きな私のイエズスさま)と、でも もう一度、ディア・ジーザス、もう一度ディア・ジ ーザス、ディア・ジーザスと……何行も、何行も、 何十行も続けて書きました。それから、アイ・ラブ ・ユーと書きました。続けてアイ・ラブ・ユー(私 はお慕いします)、アイ・ラブ・ユー、アイ・ラブ ・ユー…これも何行も、何十行も書き続けました。 それだけ、それだけしか書きませんでした。 そして、最後に私の署名、マテオと書きました。 そうしたらうれしい、うれしい、マテオの署名のそ ばに私の名前を書かせてください、私も、私も…と あちらからもこちらからも大勢の人が私の手紙を囲 みました。とてもうれしい、うれしいでした。」 なんと美しく気高い夢であることか。車を運転す る私は、思わず体が引き締まり、胸があつくなる思 いに満たされていた。愛に満ちた喜びがマテオ神父 の心である。
「むなかた祈りの森だより」(2002年夏26号)より
わたしもカトリック教会とプロテスタント教会の 一致の働きで、宗像の御受難会の修道院にお邪魔し た事があります。集会の中で御一緒にミサ(礼拝)を 捧げました。マテオ神父の優しい慈愛に満ちたお顔 を忘れる事ができません。
泉清隆
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