「 証 し 」 M.S
- 7月18日
- 読了時間: 3分
私は、2010 年 5 月 9 日、母の日にバプテスマを受けま
した。それから 16 年が経ち今日、神様の前で証しが出来る
事を心から感謝いたします。 2000 年に父が天に召され、
翌年私に次々と病いがおそいました。その時母がずっと私
を支えてくれました。 母には苦労させたなあと、つくづく思
います。 母の介護と私の健康状態とで一日を過ごすのがや
っとの日々、2008 年秋の特別伝導のちらしのポステイン
グが古賀教会よりあり、引き寄せられるように 古賀教会へ
行ったのを覚えております。私と母の健康状態から思うよ
うに教会へは 通えませんでした。2009年、大学病院へ植
皮する為、入院しました。その折、牧師先生よりのクリスマ
スカードに「一人ベッドにある時も、主イエスがそこにおら
れます。インマヌエル (神我らと共にあり)」の御言葉に涙し、
この時退院したらバプテスマを受けようと、心に決めました。
退院しまして、しばらくして母の体調がすぐれなくなりまし
た。こんな事を考えると神様は、全てをお見通しで私と母を
愛してくださっていたのだと想います。 私がバプテスマを
受けてから、母は体調は良くないとは言えまあまあ過ごし
ておりましたが 2013 年ごろから骨折・肺炎等健康状態が
優れず、入退院を繰り返すようになりました。病院生活の中
でも私が面会に行くとすぐ「教会には行きなさいよ」が口癖
で今思えば、遺言のようでもあります。母の最後の入院生
活は、点滴の針が入らないくらい厳しい状態が続きました。
亡くなる前の日は、とても元気で、おしゃべりも沢山しまし
たが、翌日面会が終えて 帰るとき、私に「さようなら」と言
いました。その言葉が最後となり、それから一時間後病状
が急変し 2017 年 2 月 14 日に召されました。
私がもつと病室にいてやつていたら、母の手を握ってや
れていたのにと、ずい分自分を責めましたが、泉牧師先生
が「さようなら」と心の交流があった時が看取りだったんで
すよ。と言って下さったのが心の救いでした。
母が召されてから 9 年、淋しさは募りますが、いつもコヘ
レトの言葉を想います。 何事にも時があり、天下の出来事
には、すべて定められた時がある。 生まれる時、死ぬ時、求
める時、失う時、黙する時、語る時、愛する時、憎む時、 神は
すべてを時宜にかなうように造り、また永遠を思う心を人
に与えられる。 今あることは既にあったこと、これからある
ことも既にあったこと。 私が古賀教会に導かれたのも、母
が天に召されたのもすべて時があった事を想います。 これ
からも主イエス・キリストを救い主と信じ歩んで歩んでゆき
たいと思います。 (2026 年 7 月 12 日 主日)


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