「神さまからの、よかよか」 木村 憲子
- 7月11日
- 読了時間: 2分
民生委員の研修で、立花高校の中村宏隆校長のお話を
聞く機会があった。(立花高校:不登校経験者が入学)。
通称「校長ちゃん」(生徒たちが呼んでいる、なんとも愛
らしい呼び名ですね)は、日々の教育環境の現場で感じ
ることを話された。目からうろこのエピソードが満載。教
育哲学は『よかよか』。-『それでよかよか』の本の「ごめ
んなさい」―という欄から紹介します。
大人の最も苦手な行為は「謝ること」だと常々思って
います。形だけの謝罪ならいくらでもできるでしょうが、
時として自分に非があると分かっていればいるほど、不
思議と謝りにくくなってしまうものです。相手が子ども
ならば、なおさらそうではないでしょうか。・・・皆さん、
さっさと謝ってしまいましょう。今です。今が無理なら今
日。この習慣が大チャンス。親であろうが教師であろう
が、相手が誰でも誠実に謝るべきですし、その姿勢をみ
せることこそが、子どもたちのその後に正しい成長をも
たらしてくれるはずです。・・・・・「謝ったら負け」ではあり
ません。大人だからって完璧でなくてよか!謝れる大人、
素敵です。今ですよ。「今日はごめんね。・・・言い過ぎた。」
☆つらいのはケンカした事じゃなくて、ゴメンが言えな
かった事☆ 校長ちゃんのお話を聞くにつけ、本を読む
につけ、この方は神さまから遣わされた方のように感じ
た。
今日も私たちは、み言葉から何を学べるでしょうか。
信仰を持っているクリスチャンにおいての「ごめんなさ
い。」は、罪と向き合い、神さまとの関係が示され「悔い
改める」ことが求められています。その悔い改めで終わ
りではありません。神さまから赦されているわたしたち
は、み言葉を通してさまざまな励ましや希望を頂き、新
たな歩みが始まるのです。きっとその先に愛の神さまが
大きく手を広げて弱い私たちを、「そのままで、よかよか」
と見ておられる、そんな思いが与えられた。


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