「敗戦記念日」を前に思う」 金子 純雄
- 8月8日
- 読了時間: 2分
今週末に「敗戦記念日」を迎えます。「東洋永遠の平和
のため」の「聖戦」だと言いながら、2千万人を超えるア
ジア人の生命を奪って顧みなかった古い日本は81年前、
無謀な戦争に完膚なきまでに敗れたのでした。しかし、
それはそれまでの神聖天皇制や軍部独裁による軍国主
義や体制が打破され、民主国家としての再生を意味する
ものであったはずです。現行の「平和憲法」を手にした時
の感動は今も忘れることが出来ません。「国際協調や信
義への信頼」をうたった格調高い憲法前文や主権在民や
自由が明示されている本文、わけても戦争放棄を高らか
に宣言している9条の規定が心に深く刻まれたのは中学
3年生の時でした。日本バプテスト連盟はその年に結成
されました。私がキリストを主と告白し、新生のバプテス
マに与ったのも、その年の5月でした。
しかし。その憲法を「外国、ことにアメリカから押し付
けられた」と快く思わない人たちもいます。あるいは無
視したかのような昨今の政治の動きには明らかに戦前
回帰の風潮がにじみ出ています。「国防」と言う名ものも
とに「軍事費」は増強の一途を辿り、殺傷兵器の輸出も
公認されるとは,どういうことなのでしょうか。総理大臣
をはじめ大部分の閣僚や国会議員が戦争を知らない世
代に属しているというだけでなく、戦争の悲惨なニュー
スに接しても、その悲惨さをわが身に感じることができ
ない無感覚が広がっていると思うのは、私の僻目でしょ
うか。その「平和憲法」が踏みにじられようとしている昨
今の政治状況には大きな危惧を感じます。「平和」を口に
することは容易です。しかし、真の「平和」は何処にある
のでしょうか。


コメント