証し 『神さまが与えて下さった出遭い S』 R.S
- 2 日前
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本日 8 月 9 日は 1945 年の 81 年前、長崎に原爆が投下された日で
す。その年末までにおよそ7万人が亡くなったと推計されています。また
その3日前 8 月 6 日には広島に原爆が投下されおよそ 14 万人が亡くな
ったと推計されています。戦争が終わってからも現在に至るまで、被爆者
の苦しみは続いています。今現在、世界の様々なところで戦争が起きてお
り、日々伝えられるその惨状と、戦争を終わらせることの難しさを目の当
たりにしています。昨今は 8 月に限らず、平和とは何か、平和を創り出す
とは何かを考えさせられています。また、今日8月9日は、ここ古賀教会の
会員でありました父加茂満州雄が、早いもので、14 年前に神様の元に帰
った日でもあります。父も1945年6月19日の福岡大空襲を経験しまし
た。
さて、タイトルにさせていただいた『神さまが与えて下さった出遭いS』
について、お話したいと思います。Sは英語の複数形のSです。出会いが複
数あるという意味で付けました。私は、福岡市東区箱崎で生まれ育ちまし
た。結婚して夫の転勤で長崎県島原市に 8 年間暮らしたした以外は、現在
に至るまで、人生の大半を地元福岡で暮らしてきました。それもあってか、
有難いことに、長い付き合いの友人、知人のグループがいくつかあること
に気づきました。今は便利なことに、グループラインという、グループでメ
ールのやり取りができるので、それでつながっていて、今でもおつきあい
が続いているわけです。年に何度か食事会をしたり、一緒に旅行に行くこ
ともあります。どんなグループかといいますと、小・中学校の同学年の友人
達、高校時代の同クラスの友人達、短大時代の友人達、短大を卒業して務
めた会社(退職して 30 年近くなりますが)の先輩や同僚達、また、島原に
住んでいた時に働いていた職場の同同僚達や子どもの保育園時代のママ
友などです。加えて、グループの中からさらに同じクラスだったグループ、
その中の個人的な付き合いの恩師や友人などにも細かく分かれ、いずれ
も数十年にわたる長いお付き合いが多いのです。
ここまでお話しすると、塩見さんは友だち付き合いがいいねーなどと
思われるかもしれませんが、私は小学校くらいまでは人見知りでおとなし
く、友だちの作り方がわからなくて、ほとんど友だちがいませんでした。学
校に行っても授業中はみんなと同じように座ってるからいいけど、休み時
間は困りました。一人で移動するふりをして学校内をうろうろ歩き回った
りしていました。小学校高学年から中学くらいから徐々に友だちができる
ようになり現在、いろいろな友だちグループに所属できているのは、同窓
会おいでよーと声をかけてくれた友だちのおかげです。次第に友だち付き
合いの楽しさがわかってきて、大人になってからは、職場やママ友のグル
ープは自分から声をかけて作ったものもあります。学生時代の友人たちと
は、思い出話やその後の人生の話など尽きることはなく楽しい限りです。
こんな楽しい仲間との出遭いも、神様が与えて下さったものだと感謝して
います。しかし、私にとって一番大切なグループが他にあります。それはや
はり古賀教会で共に礼拝を捧げる皆さんであり、福岡地方連合に連なる
諸教会の方々、また日本バプテスト連盟に連なる全国の諸教会の方々で
す。先週、西南学院大学で行われた『バテストフェスティバル』では全国の
パプテスト教会の方々が集まり、以前から知っている懐かしい方々とお会
いでき、祈り合い励まし合いもできてとても感激でした。何より、物心つい
た頃から、父に連れられて通ってきたここ古賀教会でも長いおつきあい~
最近出遭わせてくださった方々がおられます。一番長いおつきあいで、お
そらく木村憲子さんで、木村さんが古賀教会に来られた頃は私は高校生
だったと思います!教会の中では、考え方や意見の違いがある場合もあり
ます。それも然りだと思います。それでも皆さん、同じ神様を見上げ、共に
祈り合っていく、大切な仲間です。またクリスチャン、クリスチャンではな
い、ということに関係なく、神様に呼び集められて、共にこうして礼拝を捧
げるお一人お一人との出遭いを、神様に心から感謝しています。冒頭申し
上げましたように、81 年前の今日は長崎に原爆が投下されました。マタイ
による福音書 5章9節「平和を実現する人々は幸いである、その人たちは
神の子と呼ばれる。」この言葉を携え、一日も早く世界のあちこちで起きて
いる戦争が一刻も早く終わって、平和が来ることを祈り続けていきます。
今日は、私のつたない証しをお聞きくださり、ありがとうございました。


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