「すべての人と共に」 泉清隆
- kogabaptist
- 5 日前
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日本語で「予想、見通し、期待、展望」先を見据
えるといった意味がある(Prospect)プロスペクト理
論は「目の前に提示されたものの損失の度合いによ
り、人の意思決定は変化する」というもので、「損
失回避の法則」と呼ばれる心理学と類似しているそ
うです。21年8月15日の週報に掲載しましたが、今
回はまた牧野邦昭氏が行動経済学のプロスペクト理
論で「損失」を前にしたときの人間の行動の非合理
性を書かれていました。
朝日新聞に牧野さんが「『正しい情報』があれば
『正しい選択』ができるわけではない、高い確率で
失敗する。しかし高い確率で失敗するけれども、わ
ずかながら損失がゼロになる可能性がある場合、高
リスクの選択肢をとりがちだ」と語っています。
日米開戦の当時の石原陸軍・元参謀本部第1作戦
部長は「百円しかないのに壱万円の買い物をしよう
とするのですから、てんで無理だと思います。とに
かく手前の財布に相談しないで戦争をおっ始めたの
ですから、まあ、負けますな」1941年12月の開戦直
後に知人に語ったそうです。
イエス・キリストの弟子であるイスカリオテのユ
ダが考える神の国の到来、具体的にはユダヤ民族の
ローマ帝国からの解放も、イエス・キリストなる先
生をユダヤ当局に引き渡し、ローマ帝国からのユダ
ヤ人社会を表向き平穏化する方が良いと考えたから
ではないかと思いました。イスカリオテのユダは追
い詰められて、短絡的に判断したのではないかと思
えてなりません。
先の牧野さんは「SNSが全盛となり、一部の人た
ちの考えに引っ張られやすい状況は現代の方が当て
する事もある。それこそが教訓であると言えます。」
これもまた、イエス・キリストを「十字架につけ
ろ」と叫んだ人々も、状況の判断ができなくなり、
流されたのではないかと思いました。(マタイによ
る福音書27章15節~)自分たちの厳しい生活状況を
バラバではなく、イエス・キリストに負わせたのだ
と思いました。現代の厳しい生活の原因は誰のせい
なのだと思っているところに、○○ファーストとい
うスローガンに人々が流されていくのを思いまし
た。
私たちは聖書から聴いて歩みたいものです。
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