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信教の自由を守る日について 金子純雄

一昨日(2月11日)は一般の暦では「建国記念の

日」とされていますが、国論を二分するほどの激し

い論争の末に、この日が国民の祝日として定められ

たのは1968年のことでした。

多くのキリスト教会では、民主的な団体やグルー

プと共に、この日を「信教の自由を守る日」として、

各地で講演会を開いたり、デモ行進を行ったりして

今日に至っています。

戦前、2月11日は「紀元節」と呼ばれ、盛大に

祝われていました。奈良時代に編まれた「日本書紀」

に神武天皇即位の日とされていることから、その日

が定められました。戦時中、小学生だった私は、神

武天皇が東征の際、その弓に金の鶏が留まって敵の

目を晦まして勝利したことで国が統一されたことや

金鵄勲章が武勲を立てた将兵に授与されるようにな

った等の話を修身や紀元節の講話で、顔を輝かせて

聞いたことを思い出します。戦後に、それが神話に

属するものだと知りました。この「皇国神話」に基

づいて、戦前の日本が非力をも顧みず、「神風」が

吹くと米英等を相手に無謀な戦いを挑み、「八紘一

宇」を掲げて、アジア諸国の人々に取り返しのつか

ない被害を蒙らせたことの深い反省と悔い改めから

戦後は始まったはずでした。

戦前、天皇は万世一系を誇るだけでなく、明治憲

法では「天皇は神聖にして冒すべからず」と明記さ

れ、神として崇められました。天皇の名で絶対服従

が強要され、「上官の命令は朕が命令と心得よ」と

言う絶対的なヒエラルキーが築かれて行くことにな

ります。また天皇家の宗教である神道が「国家神道」

として国民に強要され、これに逆らうことは非国民

と謗られるだけでなく、厳しく弾圧されるようにな

ります。「天皇とキリストとどちらが本当の神か」

と問われて獄死した牧師たちも少なくありませんで

した。

このような経験も含めて、多くのキリスト教会が

皇国神話に基づく「紀元節」の焼き直しのような「建

国記念の日」を首肯することが出来ず「信教の自由

を守る日」として活動を進めて来ました。

「信教の自由」とは「信じない自由」も含まれます。

現行憲法が明記する「基本的な人権」を尊重し守る立

場からも当然なことです。如何なる形でも信仰を強要

することは出来ません。

信仰は何処までも「神とわたし」の人格的な応答関

係であるはずです。「信教の自由を守る日」の意味を改

めて確認し、心に刻みたいと思います。

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