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祈りの原点      木村憲子

マザー・テレサとその働きをインドに取材し、世 界で初めてドキュメンタリー映画にまとめた日本人 スタッフでその監督をされた千葉茂樹さんお会いし たのは23年前のこと。1998年の7月にここ古 賀市の講演会でお会いしている。マザー・テレサ没 後翌年のこと。そのころ、著名な方を古賀に招くな どの「市民カレッジ」(こがヒューマンカレッジ)の 仕事に関わっていた私は、千葉茂樹編著:『マザー ・テレとその世界』の本を手にした。表紙を開いた ところに「感謝と祈りをこめて」と青い色の文字で 大きくサインがあった。 文中に祈りのことに触れられていた。「修道院の 小さなチャペルでひざまずいていた。一心に祈るそ の姿は、まるで幼い子どもが母親にすがりつき、無 心に手を合わせているかのように、ひたすら祈って いる。私は、そのマザーの姿に強く胸打たれた。彼 女が,これほど一心に祈るのだから、きっと神は存 在するにちがいない。それを実感させるほどに、彼 女の祈る姿はひたむきで、深い感動を私に与えた。」 千葉さんは、そのとき初めて、倫理を超えた祈りの 世界に直接触れた思いを味わったと書かれていた。 インド政府はカルカッタの取材は許可したくなか ったこと対しての千葉さんの苦悩も書かれていた。 「私たちは、他人の痛みを直接肌で感じたとき、ど うすればいいのだろうか。今回の仕事ほど、祈りの 必要を痛感し、祈りによって支えられ、祈りの意味 を考え、祈りに終始したことはない。わたしには祈 りについての深い意味は分からない。ただ、人はよ く困難に出くわしたとき神に頼って祈るという。そ れすらも否定することはできない。なぜなら、その とき人は自らの無力に気づき、神の力の前にすべて をゆだねていると思えるからである。しかし、今回 は、神に頼って祈る次元ではすまなかった。」 マザーはどんな時も『共に祈りましょう。』と。 祈るとは愛であり行動の原点なのである。マザー・ テレサの低い祈りの声を聞きながらとても安らぎ、 祈りのなかの深い平和があった。」


『平和の祈り』

主よ、あなたの平和を人々にもたらす道具として わたしをお使いください。 憎しみのあるところに、愛を、 不当な扱いもあるところに、ゆるしを 分裂のあるところに一致を、 疑惑のあるところに信仰を、 誤っているところに希望を、暗やみに光を、 悲しみのあるところに喜びを 持って行くことができますように

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