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平和とは何でしょうか? ルカによる福音書 24章36~49節

オバマ大統領が国賓として招かれ最大級の「おもてなし」がなされたそうです。両国にはお互いの国益を求めて駆け引きがあり、しかも、この出合いを注視する韓国、中国、ロシアなど、利害を異にする周辺諸国もあって、「おもてなし」に当る人々の労苦が偲ばれます。

安倍氏が首相に就任してから、「積極的」という言葉が頻繁に飛び交います。「積極的」外交、「積極的」平和主義など、一見、私たちの耳に心地好い響きさえあるのですが、その中身と言えば、「先んじれば人を制する」で、こちらの言い分を相手に押しつける手法です。「積極的平和主義」も世界平和に積極的に貢献することではなく、軍備を拡張して、自国防衛ばかりではなく友好国の戦争に日本もお手伝い致しましょう、と言うもので、これが所謂「集団的自衛権」です。その為に憲法も変え、軍隊を持ち、軍事(産業)大国に仲間入りしようと言うわけです。実に怖い「積極的」です。

聖書の時代、パレスチナ地方で交わされる挨拶の言葉は「シャローム」でした。「おはよう」「こんにちは」「さようなら」も「シャローム」です。この言葉は非常に奥深い内容で、神の創造秩序において最も良い状況(→創世記1:31「見よ、それは極めて良かった。」)への回帰を意味しています。

いつの時代も、人間は自己中心で貪欲に満ちています。そこから争いが起こり、資源の奪い合いも生じます。しかるに、聖書が示す「シャローム」とは、異なる人々や自然との共生を造り出すことなのです。これは自己本位の私たち(=罪人)には至難の業、否、不可能なことなのです。

ところが、死から甦らされたイエス・キリストの第一声に、「あなたがたに平和があるように」(マルコ24:36)とあるのです。より原文に近く訳せば「平和、あなたがたに(ある)」となります。混沌のただ中にイエスが在る。だから、ここにシャロームが在るのだ!との宣言なのです。イエスがおられるところでは、正義と公平が問われ、社会構造的弱者の人間性回復が起こされます。争いは和解に替わり、神の秩序が回復します。ここに神の愛に満ちた全被造物との共生が始まるのです。シャローム!

       TK生

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