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「あたらしい掟」 ヨハネによる福音書 13章31~37節

  • 内田章二
  • 2015年2月6日
  • 読了時間: 2分

今朝の聖書でイエスは「新しい掟」として弟子たちに愛し合うことを勧められました(ヨハネ13:34)。ここで言う「新しい」は、「いまだかつて経験したことがない」とか「斬新な」というニュアンスの含まれている言葉です。いったいどこがどのように新しいのでしょうか。

イエスは「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい(マタイ5:44)」と勧めています。私たちはこのイエスの厳しい言葉の前で思わず立ちすくんでしまいます。しかし、なぜそこまで厳しく問われるのでしょうか。

ヨハネの手紙一、4章10節には「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります」とあります。よく「『イエスが私たちのために死んで下さった』ということが分からない」という話を聞きます。確かに分かりにくい話です。しかし、そもそも愛というものは不可思議であり、どこまでも常識で理解することの出来ない「愛している者と愛されている者の間」にのみ成立する出来事なのです。

究極の愛とは、損得や利害を超えた世界で相手を思いやることであり、心配することです。そこには挑戦があり、犠牲があり、その人に向き合う意志が求められます。でも、そのような愛を受けた者は「この愛にどう応えようか」と応答せざるを得ません。そのように、真の愛で結ばれた関係はどこまでも曇りがないのです。そういう透明な関係は、傍(はた)から見ると「そんなものを愛してなんになるの」と思う場合もあるのです。

何をするにも誰かの助けを受けなければ出来ない・・・、それはこの世的な価値観の中では無価値なものであるかもしれない。そのような私が支えられて生きてきた日々を振り返ると、そこに見えるのは「支える者の愛」があったということなのです。

殺伐とした出来事が後を絶たない現実の中で、好きだから愛する、好きでないから愛さない、といったところから「ひとつ乗り越えた」ところにある本当の愛を見つけ出す人生へと歩み出そうではありませんか。

内田章二 協力牧師

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