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「子ろばに乗って」 マルコによる福音書 11章1~11節

  • kogabaptist
  • 2015年3月28日
  • 読了時間: 2分

ここに記されている物語は、「主イエスのエルサレム入城」、そう呼ばれます。これは日曜日の出来事だと推測することができますので、「棕櫚(しゅろ)の日曜日の物語」とも呼ばれます。では、このマルコによる福音書には、棕櫚という植物の名前が出てくるわけではありません。ヨハネによる福音書12章を読みますと、人びとが「なつめやしの枝」を持って、主を迎えたとあります。これが「棕櫚」と訳されることもあるようです。棕櫚にせよ、なつめやしにせよ、とにかく葉のついた枝をうち振って主イエスを歓迎したことは確かなようです。

子ろばに乗る入城の背景には旧約聖書にある、預言者ゼカリヤの預言がうかびます。「娘シオンよ、大いに踊れ。娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。見よ、あなたの王が来る。彼は神に従い、勝利を与えられた者/高ぶることなく、ろばに乗って来る/雌ろばの子であるろばに乗って」(ゼカリヤ書9章9節)

ろばに乗って来るのは王です。当時は馬ではなくろばが王の通常の乗り物であったようです。さらにこの王がろばに乗って来ることの中で、この王の性質が示されます。それは「高ぶることなく」ということです。ヘブライ語では「アニー」といい、元来の意味は身をかがめた姿勢を示しており、「押しつぶされ、虐げられて苦しんでいる様子や、経済的に圧迫されている状態」をも示しています。また自らを低くするという意味もあります。馬が富と権力の象徴であるならば、ろばは貧しさとへりくだりの象徴でしょう。

主イエスは、子ろばに乗ってエルサレムに入城されます。この入城において主イエスの口からことばはひとことも語られません。十字架への道を歩まれる、この無言の意味、救い主イエスの声なき声を聞き取ることこそ、まさに私たちにとってたいせつなことです。

                          大野裕昭(西南学院大学神学部神学専攻科)

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