福音を伝えることの責任 (エゼキエル所33章7~11節)
- 金子敬
- 2016年8月18日
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1945年5月、ナチ・ドイツは降伏。反ナチ闘争による拘束から解放されたマルティン・ニーメラーに「懺悔の想い」をこめた有名な言葉があります。「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった。私は共産主義者ではなかったから・・・。社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった。私は社会民主主義者ではなかったから・・・。彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった。私は労働組合員ではなかったから・・・。そして、彼らが私を攻撃したとき、私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった・・・。」 これは今もしばしば語り継がれる良心の告白です。
アジア太平洋戦争に従軍し、戦後、牧師として歩まれた井置利男は、日比谷公会堂でのニーメラーの講演に深く印象付けられ、それを栗ヶ沢教会週報(2013.8.11)の巻頭言に寄稿しています。以下が彼の夢にまつわる話の要約です。
“M・ニーメラー博士がこのような話をされた。それは最後の審判の日の夢の話でした。正面には審判者なる神が座しておられ、その御前には幾千幾万という人々が自分の審きを待っているという実に壮大な夢でした。勿論ニーメラー自身も神の審判を待つ一人でしたが、突然、神が一人の誰かに尋ねられたのです。「そこにおるお前は、何か善きものを携えてきたか」と。するとニーメラーの後ろから、あのアドルフ・ヒトラーの声が聞えたのです。「わたしに・・・、誰もあなたの御子イエスの福音を語ってくれた者がなかった」と。彼の夢は何日間も続くのですがいつもここで終わります。この日からニーメラーの平和運動のありようが変わったというのです。「今までのように、ただヒトラーへの非難と抵抗だけでは新しい国を再建することはできない。むしろ教会がヒトラーとその追従者たちに福音を伝えることをしなかった罪責を悔い改めることから始めなければならない」と告白したのです・・・。”
聖書に記される「見張りの務め」(エゼキエル33:7~11)は、単なる為政者批判なのではありません。そのような時代になってしまったことへの自らの「懺悔」であり、再び神の恵みの座に導くための「行動」(福音宣教)なのです。審きと赦しを知らされている者として、その血の責任が「見張り」に求められるのです。
主イエスは「暗闇に追いつかれないように、光のあるうちに歩きなさい。」(ヨハネ12:36)と言われました。「世の光」とされた教会は、厳しい時代状況の中にあっても光を高く掲げ、福音宣教の務めを果たしていく責任があるのです。
TK生
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