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赦し

  • 泉清隆
  • 2017年5月15日
  • 読了時間: 3分

妹の聖は、その年初めて買ってもらった洋服がとても気に入っていた。「ねぇ、ママ。ちょっとこれを着て遊んできてもいい?」「聖ちゃん、ママを一人ぼっちにしないでね」「大丈夫よ、ママ。お姉ちゃんがいるじゃない」母の声を背に、聖はルンルン気分で外へ遊びに出て行った。その直後のことである。

近所の方が、青ざめた顔で家に飛び込んで来られた。私たちは顔を見合わせると同時に一目散に外に飛び出した。聖は車にはねられ、路上で血まみれになって倒れていた。いつも輝いていた大きな目が、グルグル回っていた。苦しそうだった。怖かった。何が何だか分からなかった。

母と私は、大きな声で、必死になって、妹の名を呼んだ。「聖、聖、ひじりちゃーん」「ウー…」かすかな声で、妹は返事をした。大好きな妹の声を聞いたのは、それが最後だった。7年5か月という短くもはかない聖の命が、天国へ召されていった。1986年4月19日、午後2時40分のことである。あれから5年の歳月が流れ去った。

1991年。家族の悲しみをよそに、いまだに塾からの案内状が届いたりもする。

順調にいっていれば、聖は中学生になっているはずだからだ。

やるせない思いもするが、ようやく気持ちも治まり、妹の死が決して無駄ではなかったことに感謝できるようになった。

妹は、私達家族にとって、非常に大きな存在だった。明るくて、いつもニコニコしていた妹の笑顔は、我が家の宝物だった。

妹といると、いつもホッとした。頑固で人との付き合いもあまり得意でない父でさえ、妹と話をしている時だけは表情が和んで楽しそうだった。

妹は、キリスト教の洗礼を受けたばかりで、「小さい祈りの本」や「せいしょえほん」が大好きだった。ただ一人洗礼を受けていない父に向かって、それらを大きな声で話して読み聞かせるのが常だった。

妹が亡くなる数日前の、父との会話を思い出す。「ねぇ、パパ。ひつちゃん(妹の自称)は死んだら天国に行くんだけど、パパはどこに行くの?」「うーん、パパは地獄かもね。」「それじゃ、ひつちゃんは天国でパパのためにお祈りしてあげるね。そして、天国から地獄のパパにお手紙を書いてあげるね。」母の一言といい、この時の会話といい、不思議な運命を感じてならない。

葬儀の日も忘れられない。いよいよお別れという時に、父が急に大声で叫んだ。「待って下さい。その本は、聖が…、大事にしていたものですから、入れないで下さい。これからは私が読みます。そして、私は、私は運転手の方を赦します。

聖が、「運転手さんを赦してあげて」とそう言っているのです。だから、私は運転手さんを赦します。そして、私は聖が信じていた神様を信じます。」そう言って、父は、「祈りの本」や「聖書絵本」を棺から取り出したのです。

私ちは皆、驚いた。信じられない事だった。ひと月後、父は洗礼を受けた。一番喜んだのは、天国の聖に違いない。………聖は天国から、どんな手紙を送ったのであろうか。

福岡黙想の家 聖文庫「天国からの手紙」福岡海星女子学院高校 柴田雪絵

 
 
 

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