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星野富弘さんの事

  • 泉清隆
  • 2018年5月25日
  • 読了時間: 3分

せきつい損傷で手足が麻痺して口に絵筆をくわえ て詩と絵を書き続ける群馬県在住の星野富弘さんが、 茨城県の中学校の文化祭に招かれて講演をされたと きのことが1994年の新聞記事として載っていま した。「助からないと言われ、生きているのが、不思 議なほどの怪我をしてから24年たち怪我をするま でと同じ年数を生きてこれました。意義ある年だと 思ってやってきました。……元気な時には気付かな かった多くの事に気付くようになった自分に感動し ました。絵と短い文章で、自分の感動を表現するこ とが生きる希望、力づけとなりました。私は一枚の 紙に絵と短い文章をそれぞれゆとりを残して中途半 端に、どこか物足りなく書きます。足りない者同士 が合わさって一枚の作品となるようにしているわけ です。家の中でも学校生活でも同じではないでしょ うか。完全な人間なんていません。足りないもの同 士、補い合ってうまくいくんだと思います。」…「『い のちより大切なものがあると知った日、生きている のが嬉しかった』と書いた作品があります。そして、 多くの人から『それは何ですか』と質問されるそう です。…『苦しいことや感動を通して人それぞれが力 となるものを感じている。もしあえて言うならば、 楽しくわいわい騒ぐようなものからは見つからない、 苦しい思いをするから見つかるのではないでしょう か』」というのです。その苦しさや、自分の心の葛藤 の中から、行き詰まりの中から、星野富弘さんがい うところの感動が出てくるのでしょう。 星野富弘さんが奥さんと一緒にハワイで個展を開 かれました。その折りに地元のアナウンサーが質問 しました。「『神様がまだ、元気だった若い頃と同じ 体に戻してあげよう』と言われたらどのように答え ますか」と。星野富弘さんは「『せっかくのお申し出 ですが、どうぞ、このまま歩ませてください』と申 し上げます」と言われました。 手も足も口も自由に動くのにまだ足りないと思い、 今あるこの時をこの状況をこの私を感謝できないこ とがあるかも知れません。しかし、神の恵みは十分 ですよと言う言葉に信頼して生きるものでありたい です。 状況が何故こうなったのかと原因探しをするとど こまで行っても終わりがありません。もちろん原因 を追及しなければならない場合もありますでしょう。 しかし、「何故」と質問するのではなくて、「何が」 と言うことに目を向けることが大事ではないかと思 います。人間ですから、悲しいことや苦しいことが 沢山あることでしょう。しかし、神のいのちに溢れ て生きるときに今ここに活かされている感動があり ます。

 
 
 

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