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「いのちを豊かに生きる」      柏木哲夫氏の講演より

  • kogabaptist
  • 2021年11月8日
  • 読了時間: 4分

「人は生きて来たように死んでいく」ということです。ホスピスの患者さんでまわりに感謝して生きてきた人は、我々に感謝をしながら亡くなる。不平ばかり言って生きてきた人は、我々スタッフに不平を言いながら亡くなっていくのです。ちょっと変な表現ですが、べ夕べタ生きてきた人は、べ夕べタ亡くなっていくのです。生きざまは死にざまに見事に反映します。人は、生きてきたように死んでいくのです。「良き死」を迎えるには、「良き生」を生きなければならないのです。「良き生」を生きれば、「良き死」を迎えることができるのです。

 「良き生」とはどんな生なのか、「良き死」とはどんな死なのか、ということが非常に大事な論点になると思います。そして、「良き死」に関しては、私の考えにそれほど異論は出ないのではないかと思います。しかし、「良き生」に関しては、人によってかなりの違いがあるようです。そんな中で、ホスピス医としての私が2500名の患者さんにまなざしを向けてきて、こうではなかろうかと思い至った「良き生」のお話をいたします。

 私が考える「良き生」の第一条件は、「感謝する人生」です。この方は本当に「良き生」を生きてこられたという方の生きざまをみてみますと、感謝しています。まわりの方々に感謝しながら生きてきた人は、我々スタッフに感謝しながら亡くなっていきました。まわりの人に感謝しながら生きてきた人は、臨終の床にあって、家族から「ありがとう」と感謝の言葉をもらっています。感謝する人は周りからも感謝されるのです。感謝するということは、非常に大切な行為だと考えます。

 「良き生」の二番目は、「散らす人生」だと思います。人生には「散らす人生」と「集める人生」があります。何を散らしたり、何を集めたりするのか。例えば、お金、才能(技術や経験)を集める。自分のためにだけ使うのではなく、散らす。人々のためにも使うということです。一番はっきりしているのは、時間です。時間は誰にでも平等に、一日24時間が与えられています。この24時間を自分のために使うか、人のために使うかによって、その人の人生が「散らす人生」であるか、「集める人生」であるかが決まるのではないでしょうか。

 イエス・キリスト以外に、人々のためにだけ全時間を使う、という人はいません。

だけど、「散らす人生」、「集める人生」という姿があると認識して、ご自分の人生を振り返っていただくと、この平等に与えられている24時間を、自分のためにだけ使っているなあ、かなり人のために使っているなあ、というふうに自分の人生の姿がみえてくるのではないでしょうか。

 三番目は、「ユーモアのある人生」です。ドイツの ユーモアの定義に、「愛と思いやりの現実的な表現である」というのがあります。死が間近であるにもかかわらず、ユーモアの心で慰めを与えてくださる患者さんがおられました。余命が2週間ということをご自分もよく分かっておられた、50代の末期がんの患者さんでした。ある回診の時に「いかがですか」と尋ねた私に、彼は「お陰さまで順調に弱っています」と答えを返してきたのです。この言葉で、私は慰められた気がしました。


(西南女学院の第19回キリスト教教育特別講演会 淀川キリスト教病院、柏木哲夫理事長の講演2017/6/15より抜粋しました。)だけど、「散らす人生」、「集める人生」という姿があると認識して、ご自分の人生を振り返っていただくと、この平等に与えられている24時間を、自分のためにだけ使っているなあ、かなり人のために使っているなあ、というふうに自分の人生の姿がみえてくるのではないでしょうか。

 三番目は、「ユーモアのある人生」です。ドイツの ユーモアの定義に、「愛と思いやりの現実的な表現である」というのがあります。死が間近であるにもかかわらず、ユーモアの心で慰めを与えてくださる患者さんがおられました。余命が2週間ということをご自分もよく分かっておられた、50代の末期がんの患者さんでした。ある回診の時に「いかがですか」と尋ねた私に、彼は「お陰さまで順調に弱っています」と答えを返してきたのです。この言葉で、私は慰められた気がしました。


(西南女学院の第19回キリスト教教育特別講演会 淀川キリスト教病院、柏木哲夫理事長の講演2017/6/15より抜粋しました。)

 
 
 

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