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「シャローム」 内山賢次

「こんにちは、お世話になります、おつかれさまで

す、ごくろうさまです」とメールの冒頭の書き出し

はどのように対処していますか。ごくろうさまは上

から目線、同僚あるいは目上の者には“おつかれさ

まです”が一般的マナーのようです。カトリック系

学校の「ごきげんよう」の挨拶を見聞きします。生

徒同士、生徒から先生の挨拶も一律にごきげんよう。

会った時も別れる時もごきげんようと時間も場所も

人間関係も超えている挨拶ことば“ごきげんよう”

を交わしているようです。協会共同訳の第2コリン

ト13:11の“喜びなさい”の別訳「ご機嫌よう」に

出合い冒頭の言葉が増えました。☆ペシャワール会

現地代表であった中村哲医師は年に4回アフガニス

タンでの現地活動をペシャワール会報で伝え続けら

れました。36年間の現地報告が「中村哲 思索と行

動(上・下)」に編纂され先月、出版されました。会

報1号(1983年12月)と36年後の会報142号(2019年12

月)は「みなさんお元気でしょうか」と同じ呼びか

けから始まっていました。☆一方、前略と置いて本

文に入るパターンも散見しますが、ぼくはキリスト

教界関係者との交信は「シャローム」で始めていま

す。ヘブライ語で“平和”と言う意味です。マザー

テレサは平和の反意語は人間が人間の命に無関心で

ある生き様であると警鐘を鳴らしました。平和とは

戦争のない状態です。日本国はイスラエルでパレス

チナでウクライナでも人々が傷つくことがない状

態、殺さない、つまり「平和」に導く、平和を造り

出す使命が確かに問われています。79年前の夏に戦

に破れ「われらは全世界の国民がひとしく恐怖と欠

乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する

ことを確認する」と憲法前文で宣言をしました。☆

イエスは司祭を中心とする神殿経済の中で貧しくさ

せられている民、男尊女卑の社会、階層社会の渦中

で大多数の人間の“いのち”が今にも折れそうな人

々と、今にも消えそうな蝋燭の下で暮らす人々に“

寄り添って生きる”を堂々と実践されています。こ

の彼の生き方がシャロームです。☆中村哲医師は“

三食を家族と共に食べることの状態”が平和だと語

っています。普通の生活だと日本で暮らすぼくは思

いますが、NHK連続小説ドラマ「虎に翼」の現在地

は敗戦後の1949年前後のシーンから戦災孤児、包帯

を巻いた傷兵が街角で佇む姿、闇市、占領軍兵士の

チョコ―レート恵み、佐田寅子の毎日変わらない外

套、食卓には限られた品数という混沌とした生活が

垣間見えます。

三食を家族が揃って食べることはできない日本が存在

していました。1946年生まれの中村哲医師も体験され

たことは想像に難くありません。☆中村先生から3年後

に生を受けたぼくも「乞食」、物貰い、小倉玉屋百貨店

の近くの橋のたもとで負傷兵がアコーデオンを鳴らす

その足元の空き缶をくっきりと思い浮かべます。☆東

日本大震災の年にネパールのポカラから奥地を訪ねた

とき、毎日カレーの食生活をせざるを得ない貧しい地

域でした。岡垣町の助産院で研鑽を積まれたウルミラ

さんの実家と診療所を訪問し、障がいの幼子、裸足の

子、英語が分かる子、わたしもウルミラさんのように

日本で研修を受けたいと言う子どもたちと新生児に出

合いました。貧しい村ですがフクシマの被災者を慮る

元気な村でした。☆シャロームは戦争のない状態から

人間が人間として人間らしく生きる元気社会の実現宣

言ではないかと思います。

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