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「助けて」 泉清隆

  • kogabaptist
  • 2月14日
  • 読了時間: 3分

更新日:2月17日

1月8日の朝日新聞「天声人語」に「ああ、困ったな

あ、と思ったとき、あなたは『助けて』と誰かに言えるだろ

うか。一人ではもう、どうしようもない、と感じたとき、『手

伝って』と声に出せるだろうか。そんな何かを頼む力を表

す『受援力』という言葉がある。『私も、弱みを見せるこ

と、弱音をはくというのは、すごく勇気のいることでした』。

医師で、神奈川県の県立保健福祉大教授、吉田穂波さ

ん(51)は話す。『プライドとか、自尊心とか、誰でもありま

すよね』」とありました。

私がこの「受援力」という言葉を知ったきっかけは、高

知伊勢崎教会の元牧師だった平林稔さんがご自身の事

を取り上げておられたFACE BOOKです。平林さんに、

私が宣教に引用したいと許可を求めたところ、ご自身の

説教を送ってくださいました。「『助けて』と言えない社会

にあって…自分の力だけでは生きていけないことに気づ

き、父なる神さまと主イエスに助けてもらいながら生きて

いくことこそがクリスチャンの信仰の本質だと思うからで

す。クリスチャンの信仰とは、『お助け下さい』とイエスさ

まにすがりながら生きていくことにあると、私は示されて

います。…聖書マタイによる福音書14章22節~32節

で、ペトロが、『来なさい』というイエスさまの言葉で水の

上を歩き進んでいましたが、途中で風を見て怖くなり、沈

みかけた時、イエスさまに助けられました。溺れそうになっ

たその瞬間『主よ、お助け下さい』と叫び求めたのです。

そのことこそが、クリスチャンの信仰のあり方なのではな

いでしょうか」と結ばれています。

イエス・キリストなしには生きていくことはできないこと

を私たちは人生で教えられていくのではないかと思いま

した。あのユダヤ民族が荒れ野を40年もかけて、「人は

パンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべ

ての言葉によって生きるものであるということを」学ぶた

めであったように。

また、マタイによる福音書8章25節「弟子たちは近寄

って起こし、『主よ、助けてください。このままでは死んで

しまいます』と言った。」15章25節「しかし、女は来て、イ

エスの前にひれ伏し、『主よ、私をお助けください』と言っ

た。」マルコによる福音書9章24節「その子の父親はす

ぐに叫んだ。『信じます。信仰のない私をお助けくださ

い。』」

教会はイエス・キリストにしか助けを求めることができ

ない人たちが集っているところだと思います。

「あなたがたの天の父は、これらのものがみな、あなたが

たに必要であることをご存じである。まず神の国と神の

義とを求めなさい。そうすれば、これらのものはみな添え

て与えられる。」マタイによる福音書6章32節~34節

 
 
 

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