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「待ち望むは神の子」 木村憲子

今回、「小さなもの」という宣教テーマは実は、

私たち身近な社会の中でも使われることの多い言葉

です。例:小さな声、小さな幸せ、小さな思い出、

さらに弱小、小型等、意味はちっぽけとかささやか

などで、力関係でいうと弱さとか、数でいうとわず

かなものという象徴に使われます。胸を張るような

意味には使われませんね。しかし私たちにとっては

とても共感できる言葉だと思うのです。

私自身は、イエスさまを意識して祈る時も自分の

ことを「小さき者」と呼ぶことがあります。これは

決して謙遜をしているとかいうことではなく、イエ

ス様ご自身が社会の価値観とは違うむしろ小ささを

誇る者として捉えてそのようにお示しくださってお

られるから、そのことにおいて自分自身もそうであ

りたいと思うからです。

イエスさまが生まれられた、ベツレヘムは、名も

なく小さな村ということでした。「ユダの町ベツレ

ヘムよ。あなたはユダの指導者たちの中で、決して

最も小さい者ではない。…」この預言者ミカが言っ

た言葉は、この後の言葉を継いで、むしろ指導者と

して、イスラエルの民を牧する、いわゆる王として

の権威がある方がこの地上に来られた、ということ

ではないでしょうか。さらにそれは、赤ん坊として、

何よりも一番小さいものが神の子として来られたの

です。 しかし、イエスさまは神の権威をお持ちで

も、権力として使われず、かえって人々に見棄てら

れ、軽蔑されながらも、多くの痛みを負って弱さを

抱えた方たちの側に寄り添って常にインマヌエルの

方として公生涯を歩まれ、私たち(すべての人)の

救いのために十字架にかかってくださったお方で

す。その方の誕生、クリスマスを待ち望むアドベン

トです。みなさんはどんな思いでアドベントを過ご

しますか? 神の愛と喜びをもって待ち望みたいも

のです。


日の応答讃美歌は180番です。今日のメッセージ

が込められていると感じて頂ければ幸いです。

作詞・作曲は福永保昭先生(現・恵泉バプテスト教

会牧師)


「イエスがこころに」

1,小さな町の 小さな小屋で

小さなみどりご 世に生まれた

そのみどりごは この私たち

救うために 世へつかわされた


2,喜びの道 手を取り合って

共に歩もうよ イエスに向かって

私の中で 主イエスは生きて

愛と励ましを 与えられる

(くりかえし)

イエスキリストが今私の心に生まれた

その愛の深さに気付くこのクリスマス

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