「東日本大震災」 金子まきこ
- kogabaptist
- 3月1日
- 読了時間: 2分
3・11に関する文章を、との依頼に「はて、何
を書いたら良いのか…。」と自問自答。
「阪神・淡路大震災から30年。当時の記憶、薄
れゆく」と言われていますが、東日本大震災からも
14年。現地で体験したとはいえ、それなりのスト
レスもあり(家や家族を失った方々の痛みとは到底、
比較はできませんが)解離性健忘症スイッチが入っ
たのか、当時の記憶はまばらです。それでも思い出
してみようとすると、不思議なことに辛いことより
も、喜びや嬉しさ、感謝だった記憶のほうが圧倒的
に多いことに気付きます。
震災後、ようやく電気が繋がり、携帯を充電した
途端、びっくりするほどの安否を伺うメール。嬉し
くて胸熱…。
流通が途絶え、食糧難になった時、各地の友人が
カニや牛肉、リクエストした、パンを作るための粉
やキャットフードを送ってくれました。自分がどれ
だけ多くの人に覚えられ、支えられているかを実感
し、その繋がりと行いに心から感謝しました。
心細い時に「大丈夫?」のたった一言がどんなに大
きな支えとなるか、それを実感することができたの
は震災を通して得た、一番の財産です。
災害が起こるたびに、教会で「献金を!」と声を
あげてしまうは、その経験があるから。祈りを声と
して、形として届けることの大切さを、私は震災を
通して学ばせてもらったように思います。
イエス様はあらゆること、出来事、また人を通し
て私に声をかけておられます。その声に気付き、支
えられ、自分もまた隣人に、「大丈夫?」と声を掛
けられる者でありたいと願います。
皆さんの声を待っている「隣人」は誰ですか?
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