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信徒説教(宣教)の喜び      木村憲子

★先月2月18日は、第5回の「どげんすっと?宣教協力」が春日原教会で開催された。古賀教会から、泉先生、金子純雄さん(オンライン)、松藤真理奈さんと木村憲子の4人が参加した。午後からのプログラムは分科会に分かれ、私は⑫「説教」に参加した。★リーダーは片山寛先生(九州バプ神学校講師、西南学院大学神学部・元教授、和白教会協力牧師)と私だけの対面であった。オンラインでは4名の方が参加された。★今回の信徒宣教の聖書個所とタイトルだけは決めていて、原稿はまだできていなかったこともあって、どんな学びなのかうれしさにわくわくした。★用意された資料の表題を見ると「信徒説教講座」(説教のやり方、聞き方)とあった。このタイトルから、この会を選んだのは間違いない、導きと思えた。★信徒説教の喜び プロの説教者ではないから難しくない、と言われた。わたしにとっては何年たっても何回しても難しいと思う。(実は1回目は2013年3月3日から始めて10年という年月を迎えた)★片山先生はただ、説教する事にも怖れを持ちつつ震えを感じてほしい、それを経験してほしいとも言われた。いつも新しい気持ちで聖書を読む。その先に説教の喜びがある。説教をするということは人生の喜びのひとつでもある。→今まさにそれを体験させて頂いている恵みに与っている自分がいる。そうした言葉に励まされた。★教会の原点であり目標でもある信徒説教。…(聖霊降臨祭)の出来事《使徒言行録2:17~18》『神は言われる。終わりの時に、私の霊をすべての人に注ぐ。…』★バプテスト教会の原点。…命がけでガウンを脱いで説教をした人々がいたということ。命をかけて神の言葉を語る、そのすごさ、言葉に表すのも難しいくらいの重みを感じた。★最後に「説教する」ということの喜びについて、説教というのは、それを聞くことも喜びですが、それをするのはもっと喜ばしいことである。と、片山先生が教えてくださった。さらにわたし自身は、宣教をする喜びを頂くことを何よりも、神さまが喜ばれるのだということを受け止めた。主にありて。

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