「神の前に座る教会」 泉清隆
今週はイエス・キリストが十字架への道を歩まれ た受難週です。今日は人々が棕櫚(シュロ)の葉を敷 きしめてイエス・キリストをエルサレムに迎えまし たので「棕櫚の主日」Palm Sundayパームサンデ ーとなりました。木曜日はイエス・キリストが弟子 たちの足を洗われた「洗足木曜日」と最後の晩餐で す。金曜日がイエス・キリストが十字架にかけられ た「聖金曜日」Good Fridayグットフライデーです。 次週はイエス・キリストが復活されたイースター、 復活主日となります。心の内にイエス・キリストの 十字架への歩みを覚えたいと思います。 東山魁夷(ひがしやまかい)という方の「コンコル ド広場の椅子」と言う本から、それは公園のベンチ に人間の生活を見た、画家の東山さんの話です。 パリのコンコルド広場にある公園のベンチ。その ベンチにはいろいろな人が座る。言葉や人種や考え 方がそれぞれ違い、富んでいる人、貧しい人、幸せ な人、そうでない人、陽気な人、寂しい人、いろい ろな人がそのベンチに座る。椅子は人を選ばない。 どんな人でも座れる。椅子に拒否されることは
「神の涙」 泉清隆
シンガーソングライターの岩渕まことさんは1953年仙台市生ま れで、NHK仙台のFMリクエストアワーのDJ、1977年、日本コロ ムビアよりシンガーソングライターとしてデビュー。ファーストアルバ ム「スーパームーン」はその年のコロムビアレコード新人賞を獲 得。その後、セカンドアルバム「エアーポケット」を発表。またドラえ もんの映画「のび太の宇宙開拓史」「のび太の大魔境」「のび太 の海底鬼岩城」他、アニメのテーマソングも歌っています。1980 年に小坂忠さんとの出会いでクリスチャンとなり、その後デュオで 日本国内、そして海外へと、精力的に活動を続けました。ところが 1987年に8才の長女の亜希子さんが召されました。岩渕さん夫 妻の娘さんの亜希子さんが6歳の時に頭が痛い頭が痛いと言っ て病院に行きます。脳腫瘍でした。脳腫瘍を取り除く手術を20数 時間かけてしました。一旦とれたかのように思ったのですが、2年 後8歳の時に天に召されたのです。 岩渕夫妻はクリスチャンでしたが大きな悲しみを覚えました。そ して、特にお連れ合いは神を責めます。どうしてあなたが
「私と東日本大震災」 松藤真理奈
2011年3月11日、14時46分、東日本大震災が発生しました。 東北の町に大きな地震が起こり、その後、巨大な津波が押 し寄せました。卒業式を目前に控え、幸せな時間を過ごし ていた町に、突然津波がやってきました。多くの尊い命が 失われました。この震災による死者・行方不明者は、およ そ2万2000人と言われています。 その日、実は糸島市に住む友人の息子さんが生まれまし た。しかし、震災のニュースを知った友人は、赤ちゃんが 生まれたことを、家族以外には知らせませんでした。こん な時に、おめでとうと言ってもらうのは「申し訳ない」。… そう思ったからです。 私もまた、なかなか「おめでとう」と言うことができま せんでした。実は3月11日は、私たち夫婦の結婚記念日でも ありました。しかし震災のあと、その日をお祝いすること も、いつの間にかなくなってしまいました。 当時、奇跡的に助かった人たちや、震災後のボランティ アに行った人の中には、こう思う人が多くいました。「どう して自分だけ生き残ったのだろう」「生きていて 申し訳な い」?本当は「申し訳ない命」など、
「業 火」 金子純雄
3・11を迎えるたびに、私はそれが何処なのか定かに は思い出せませんが、数日後に観たTVが映し出してい た石油コンビナートらしい処が燃えて広がり、炎と噴煙 が空を覆っている映像を思い出します。神戸・淡路大震 災の時もそうでしたが、燃え盛る火の中を逃げ惑う人々 の姿が80年前の福岡大空襲の体験と重なります。 前者は地震や津波と言う自然災害によるものと言う 一面があり、後者は明らかに人為的なものですから、並 列的に論じることは出来ないとは思いますが、果たしてそ う言い切れるでしょうか。 人類の歴史は「火」を発見し、自ら作り出すことによっ て発展を遂げてきたと言われます。他の被造物、ことに霊 長類の中でも、「火」を発見した人類は、それを自ら作り 出す知恵と技術を身に着けたことで、所謂「文明」社会 を生み出し、今日に至ったことは論じるまでもありませ ん。 火は光としても用いられました。東日本大震災の時、 停電のために真っ暗になった家の中を照らしてくれたの はロウソクの火でした。電線がつながり回復するまでの 間、ロウソクの火を囲むように食事をし、布団に身を

