「9/27 古賀バプテスト教会 牧師就任式感謝礼拝」
牧師就任式感謝礼拝まで、あと2か月ほどとなりま した。その準備のため、8月から毎週礼拝後に5分ほど の準備会を行います。これまで金子純雄さん、片山寛 先生から、聖書と教会の歴史を通して就任式・按手式 について学ぶ機会をいただきました。その学びを受け て、今回の式を『古賀バプテスト教会 牧師就任式感謝 礼拝』としました。これは牧師個人を祝うためではなく、 神さまを主役とし、その導きに感謝する教会の礼拝で す。また、80年にわたる教会の歩みを覚え、これから の歩みを神さまに委ねる礼拝でもあります。みんなで この礼拝をつくっていきましょう。いよいよテイクオフ です!(松藤)
「 証 し 」 M.S
私は、2010 年 5 月 9 日、母の日にバプテスマを受けま した。それから 16 年が経ち今日、神様の前で証しが出来る 事を心から感謝いたします。 2000 年に父が天に召され、 翌年私に次々と病いがおそいました。その時母がずっと私 を支えてくれました。 母には苦労させたなあと、つくづく思 います。 母の介護と私の健康状態とで一日を過ごすのがや っとの日々、2008 年秋の特別伝導のちらしのポステイン グが古賀教会よりあり、引き寄せられるように 古賀教会へ 行ったのを覚えております。私と母の健康状態から思うよ うに教会へは 通えませんでした。2009年、大学病院へ植 皮する為、入院しました。その折、牧師先生よりのクリスマ スカードに「一人ベッドにある時も、主イエスがそこにおら れます。インマヌエル (神我らと共にあり)」の御言葉に涙し、 この時退院したらバプテスマを受けようと、心に決めました。 退院しまして、しばらくして母の体調がすぐれなくなりまし た。こんな事を考えると神様は、全てをお見通しで私と母を 愛してくださっていたのだと想います。
「神さまからの、よかよか」 木村 憲子
民生委員の研修で、立花高校の中村宏隆校長のお話を 聞く機会があった。(立花高校:不登校経験者が入学)。 通称「校長ちゃん」(生徒たちが呼んでいる、なんとも愛 らしい呼び名ですね)は、日々の教育環境の現場で感じ ることを話された。目からうろこのエピソードが満載。教 育哲学は『よかよか』。-『それでよかよか』の本の「ごめ んなさい」―という欄から紹介します。 大人の最も苦手な行為は「謝ること」だと常々思って います。形だけの謝罪ならいくらでもできるでしょうが、 時として自分に非があると分かっていればいるほど、不 思議と謝りにくくなってしまうものです。相手が子ども ならば、なおさらそうではないでしょうか。・・・皆さん、 さっさと謝ってしまいましょう。今です。今が無理なら今 日。この習慣が大チャンス。親であろうが教師であろう が、相手が誰でも誠実に謝るべきですし、その姿勢をみ せることこそが、子どもたちのその後に正しい成長をも たらしてくれるはずです。・・・・・「謝ったら負け」ではあり ません。大人だからって完璧でなくてよか!謝れる大人、...
「この石の前に~神学校週間によせて~」朴思郁(パクサウク)連盟宣教研究所所長・西川口キリスト教会牧師
「後日、あなたたちの子供が、これらの石は何を意味するの ですかとたずねる時は」(ヨシュア4:21)。 ヨルダン川を渡り終えたイスラエルの民が海底から取り 出した12の石は、ひとりの指導者が据えたものではありま せん。12の部族がひとつずつ担い寄せ、共に立てたものー 形として残すためでなく、世代が変わるたびに問いが生ま れ、主の救いの業が語り直され、信仰の本質が新たにされ ていく、生きた呼びかけなのです。 世界が激しく揺れ動く今、教会もまた高齢化、担い手の 減少、社会との関係の問い直しという現実の中に置かれて います。こうした時代であればこそ、改めて問い直さなけ ればなりません。1978 年の全国壮年連合第 1 回総会にお いて設置が決議されて以来、神学校週間は、伝道者を育て ることが信徒共同体の共に担う召命の営みであるという 信仰の証しとして、私たちの歴史に刻まれていきました。 今年も、6月 28 日から7月5日にかけて、私たちは再びこ の石の前に立ちます。神学生を覚えるこの1週間が、その 恵みの連なりと今この時代に引き受け、共に献身の意味を..

