神さまの言葉を中心として生きる
今から15年前、オランダのオーステルボルデという市場町で画期的な実験が行われたんです。町の中心部にある交差点から全ての信号機、横断歩道、標識、歩道と車道を分ける境界ラインを全部取っ払ったのです。その結果、歩行者も、自転車も、車も、バスも、みんな一緒くたに交じり合うようになっ...
神の愛と教会の交わりに結ばれ (ヨハネの手紙一 4章13~21節)
2007年8月より9年8ヶ月間にわたり、古賀教会の牧師を務めさせて頂き、心より御礼申し上げます。 高齢で健康上の問題を抱えている者が、皆様の大いなる寛容をもって支えられ、主日ごとの御言葉による務めに携われましたことは、正に神の憐みによるものでありました。牧師就任時には、会堂...
「わたしたち」の祈り (マタイによる福音書6章9~13節)
国語辞典で「祈る」を引くと「神仏に祈願する」「心から希望する」などと記されています。 これが一般的な「祈り」の概念なのでありましょう。一方、キリスト教大事典には多くの紙面を割いて解説が記されていますが、それは「神との対話、明確な言語による神との対話であり、瞑想、独り言、呪術...
喜ばれる管理者として ペトロの手紙一 4:7~11
StartFragment みなさまSDGs(サステナブル デベロップメント ゴールズ)という言葉をご存知でしょうか。それは持続可能な開発目標と言われ、地球環境や経済活動、人々の暮らしなどを持続可能とするために、すべての国連加盟国が、2030年までに取り組む行動計画の事です...
終末の希望に生きる (ヨハネの黙示録 22章12~21節)
2016年度は毎月初めの主日礼拝で、「日本バプテスト連盟信仰宣言」(1979年連盟年次総会)からテーマを抽出して宣教として取り次ぎました。 本日は宣言最後の文章に、「主イエス・キリストはすべてのものを新たにするために、再び来たりたもう。終末の主によって信じるものは新しい霊の...
この御言葉で立つ (箴言 3章1~12節)
ある人との出会い、ある書物との出合い、それらがその人を捉えその人生まで大きく変えてしまうということがあります。 もし、この書物と出合っていなかったら、今の私の人生も無かった、それが、聖書との出合いです。2000年の歴史を経て聖書は何千もの言語に翻訳されて何億もの人々に届けら...
神の同労者 (コリントの信徒への手紙一 3章1~9節)
日本バプテスト女性連合のホームページを開くと、そこに標語として「私たちは神の同労者」(Ⅰコリント3:9口語訳)と記されています。 この標語はそのままに、私たちの教会にも当てはまります。パウロがこの手紙を記した背景には、コリント教会が指導者交代に伴う混乱を生じていたことがあっ...
「イエス・キリストはどんな方」 (マルコによる福音書7章31~37節)
最初の「ティルス地方を去り、シドンを経てデカポリス地方を通り抜け、ガリラヤ湖へやってこられた」という動きは、地図を開いて見ると合わなくなる部分があります。 それで岩波訳などは「デカポリス地域のただ中に来た」とされています。...
善をもって悪に勝つ (ローマの信徒への手紙13章1~7節)
イギリスのヨーロッパ連合離脱、アメリカ大統領トランプ氏の出現、これらはみなその国の人々が投票によって選び取った結果です。 世界情勢は急激に変化し、日本もこれにどう向き合えるのか心配です。 ヘイトスピーチに見られる現象のように、理性や思考を停止させ、大衆と迎合して事を進めよう...
「走り抜く信仰」 (フィリピの信徒への手紙3章12~21節)
現代では目標を持って生きることはなかなか難しいものです。夢や希望を持っても必ずしも叶うことは少ないですし、日本の経済状況を考えても、若者は将来に希望を持てないことが多いように感じます。 しかし、フィリピの教会の人たちに送った手紙の中で、パウロは「目標を持ちなさい」、そしてそ...