主イエスの恵みを知る者 (コリントの信徒への手紙二 8章 1~9節)
コリントの信徒への手紙二は幾つかの独立した書簡を一つに集めたものであると言われています。 成程、8~9章はエルサレム教会の窮乏に対する「慈善の業」を勧める手紙として読み取れます。パウロは貧しいマケドニアの諸教会が行っているこの「慈善の業」に注目し、はるかに豊かなコリントの教...
イエスの招きに応えて (ルカによる福音書5:1~11)
ガリラヤ湖のほとりに石造りの小さな建物があります。ペトロ召命教会です。 多くの国々から来た様々な装いの人々が三々五々に岸辺に集い、その国の言葉で祈りを捧げ、讃美歌を口ずさんでいます。 湖に目を移すと、漁をしている小舟が目にとまります。30数年前に目にした穏やかなガリラヤ湖の...
「幸い」 (マタイによる福音書5章3~12節)
今日の聖書箇所はイエス様の最初の説教5章から7章までの冒頭の部分です。 主はガリラヤの小高い山を登り始められました。お弟子さんたちが一緒です。そしてたくさんの人々が苦しみや悩み病いを背負いそのあとを登ります。 イエス様は山上に着き岩に腰を下ろされました。青く澄んだ空、白い雲...
優しさに溢れた平和な年を (エレミヤ29:4~14)
明けましておめでとうございます。 上記の表題は、皆さまのご多幸を祈るクリスマスと新年のカードにも添えて記した言葉です。 昨年の「一文字漢字」が「金」と報道されたとき皆さまは何を思われたでしょうか。 オリンピックでの金メダルやピコ太郎の金色衣装など、なるほど金色は誰の目にも眩...
クリスマスの「しるし」 (ルカによる福音書 2章8~20節)
羊飼いたちに示されたクリスマスの「しるし」は、「布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子」(ルカ2:12)でした。 「飼い葉桶」は羊飼いにとって生活に直結する物であり、そこは誰にも気兼ねなく自由に出入りできる生活の場でした。実に、神の子は繁栄を享受する人々の中にではなく...
御言葉に聴き従う幸い (ルカによる福音書 1章26~38節)
「なぜ聖書を読むのか?」と問われるなら、「そこに真理を見出すから」と答えるでありましょう。一方、「なぜ聖書を読まないのか?」と問われた時も、「実は、真理に遭遇するのが怖いから」となるのではないでしょうか。 ヘブライ4:12に「神の言葉は生きており、力を発揮し、どんな両刃の剣...
留まるもの (ルカによる福音書 19章1~10節)
マリアが「イエスがおられたら」ラザロは死ななかったのにと言います。 イエスはマリアたちの涙を見て憤られ興奮もしました。著者ヨハネは「心に」覚えられたことを2度も記しています。 これまでに語ってきた言葉をこの人たちもマリアの家族さえも理解はしていなかったという喪失感でしょうか...
救い主をお迎えする備え (ルカによる福音書 1章5~20節)
クリスマスになると必ず読まれる聖句に、「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」(ヨハネ3:16)という福音の神髄を語る言葉があります。 「独り子」とは神の御子イエス・キリストです。イエスを私の主...
自らが変えられる祈り (コロサイの信徒への手紙4章2~9節)
ロティー・ムーンの中国伝道を支える祈りに始まり、1931年に日本バプテスト婦人会同盟(現・女性連合)の働きにもなった「世界祈祷週間」は、今日、これに加盟する諸教会に引き継がれ、世界宣教を覚えて祈り、献金を捧げる働きとなっています。...
助けを求める叫び (使徒言行録16章6~10節)
パウロの第二次世界宣教の旅は小アジア地方では思うように進展しませんでした(使徒16:6~)。 聖書はこのことを「聖霊から禁じられた」「イエスの霊が許さなかった」と記しています。 行く手において宣教を阻止する何かがあったからとも、パウロ自身の健康がその風土に合わなかったからと...